ONE HUNDRED FOUR 風と波、辛いのどっち?
文字数 1,072文字
台風が来るからといってワクワクしていた時代はもはや古典と言っていいんだろう。
「ほぉらあ!全員退避!」
「大丈夫だよぉ、大家さんよぉ」
「やかましいね。もし万が一死人でも出したら家主としての責任を問われちまうんだよ!さっさと出な!」
エリア防災システムで僕らのアパートがある地区に避難勧告が出た。
海抜が高いとは言いながらも街の中心を流れる一級河川が氾濫する危険はあるだろう。猶予を持つことが重大なミスリードとなる可能性は捨てきれない。
「蓮見 くん。こんなに住んでる人がいたんだね」
「うん。ほとんど会わないけどね」
縁美 の感嘆に納得しながら大家さん引率の元、ゾロゾロと避難所まで歩いた。
元々は小学校だったがドーナツ化現象で廃校となったそのグラウンドと建物が今は地区の防災センターとなっている。
住人が一斉に喋り出した。
「ちょっとだけ遠足気分だな」
実際はそんないいものじゃなかった。
「蓮見くん。クッション配給してもらえたよ」
「ありがと」
体育館で目立つのはお年寄り、それから子供。
子供も幼稚園に行くか行かないかぐらいの幼児たちしか居ない。
それ以外は老人や子供を避難させる責任ある大人の世代が最低限のエネルギー消費でもって避難所にエスコートし、食事を与え、時と場合によっては老若男女を寝かし付ける。
「子守唄のレパートリー持っとくといいよ」
子守唄は母親に一度だけ聴かされた。
それがどんな歌詞だったか、どうしても思い出すことができない。
「ならば今作ってみよっか」
縁美は真顔で言いながら子守唄を披露した。
笹舟一艘激流に。
呑まれて流れてよい気分。
更に下流を下り行き。
壊れたままなる橋桁を。
崩るな崩るな、ぷーかぷか。
夢を見た。
大きな波が港の内湾のコンクリート壁を反射しながら競り上がってくる様子。
僕はテトラポットの上。
縁美は秋サンマ漁船が着岸せんとしている岸壁にひとり立って、小さな海を挟んで僕らは向き合う。
「蓮見くーん!」
低音ヴォイスの、けれども大きな声のはずなのに、この波では届きそうにない。
「蓮見くん!」
縁美はたとえ聞こえなくても何度も何度も僕を呼ぶのに、僕はなぜだか口を開けることさえできない。
波高そのものもそうだけど、飛沫がまるでモヤのように視界を消した。
ゆっくりとスモークが晴れると、縁美の姿はもうそこになかった。
「ああ!」
明け方前のまだ誰も起きていない避難所。
上体を起こした僕の斜め下には、子猫みたいに手を顔の前に前足のようにくるめて、身体全体を丸めている縁美が寝息をそっと立てていた。
よかった。
居た。
「ほぉらあ!全員退避!」
「大丈夫だよぉ、大家さんよぉ」
「やかましいね。もし万が一死人でも出したら家主としての責任を問われちまうんだよ!さっさと出な!」
エリア防災システムで僕らのアパートがある地区に避難勧告が出た。
海抜が高いとは言いながらも街の中心を流れる一級河川が氾濫する危険はあるだろう。猶予を持つことが重大なミスリードとなる可能性は捨てきれない。
「
「うん。ほとんど会わないけどね」
元々は小学校だったがドーナツ化現象で廃校となったそのグラウンドと建物が今は地区の防災センターとなっている。
住人が一斉に喋り出した。
「ちょっとだけ遠足気分だな」
実際はそんないいものじゃなかった。
「蓮見くん。クッション配給してもらえたよ」
「ありがと」
体育館で目立つのはお年寄り、それから子供。
子供も幼稚園に行くか行かないかぐらいの幼児たちしか居ない。
それ以外は老人や子供を避難させる責任ある大人の世代が最低限のエネルギー消費でもって避難所にエスコートし、食事を与え、時と場合によっては老若男女を寝かし付ける。
「子守唄のレパートリー持っとくといいよ」
子守唄は母親に一度だけ聴かされた。
それがどんな歌詞だったか、どうしても思い出すことができない。
「ならば今作ってみよっか」
縁美は真顔で言いながら子守唄を披露した。
笹舟一艘激流に。
呑まれて流れてよい気分。
更に下流を下り行き。
壊れたままなる橋桁を。
崩るな崩るな、ぷーかぷか。
夢を見た。
大きな波が港の内湾のコンクリート壁を反射しながら競り上がってくる様子。
僕はテトラポットの上。
縁美は秋サンマ漁船が着岸せんとしている岸壁にひとり立って、小さな海を挟んで僕らは向き合う。
「蓮見くーん!」
低音ヴォイスの、けれども大きな声のはずなのに、この波では届きそうにない。
「蓮見くん!」
縁美はたとえ聞こえなくても何度も何度も僕を呼ぶのに、僕はなぜだか口を開けることさえできない。
波高そのものもそうだけど、飛沫がまるでモヤのように視界を消した。
ゆっくりとスモークが晴れると、縁美の姿はもうそこになかった。
「ああ!」
明け方前のまだ誰も起きていない避難所。
上体を起こした僕の斜め下には、子猫みたいに手を顔の前に前足のようにくるめて、身体全体を丸めている縁美が寝息をそっと立てていた。
よかった。
居た。