SEVENTY-EIGHT 蝉の一生と人の一生、どっちが儚い?
文字数 1,214文字
金曜の夜、珍客があった。
「蝉の幼虫、だよね」
「うん」
アパートの植え込みを這っていた。
ただ、夕闇をカラスが飛び交っているので、僕らの部屋に連れ帰った。
「地中から出てきてるってことは」
「うん。羽化するんだよ」
網戸につたわせた。
「登っていく」
「本能なんだろうね」
網戸の丁度中腹あたりにくると、そこで停まった。
「縁美 」
「なに?蓮見 くん」
「寝ずの番、しようか」
「うん」
彼女は続けて言った。
「生まれるところ、見てみたい」
矛盾してる。
蝉の幼虫は多分もう7年ほど前にこの世に誕生してるはずだ。
僕らが一緒に暮らし始めるよりも前のことだ。
でも、僕は素直に頷いた。
縁美の感性は、正しい。
それから僕らはふたりしてテレビを観た。
「蓮見くん。今夜はいい夜だね」
テレビで放映される劇場版のアニメが素敵なんだ。
オープニングからして『我らの時代』という意味の海外のバンドの曲で始まり、シーンひとつひとつを切り取って胸にしまっておきたくなるような美しい絵、描写、キャラたちの表情、それから聲。
聲にならぬ聲も含めて、なんだ。
僕らは蝉にも注意を払わなくちゃならない。ふたつのとても重要な行為を両立させるのは並大抵じゃなかったけど、僕と縁美の情熱はそれをやってのけるんだ。
幸いなことに映画が終わるまでは蝉の幼虫は膠着状態を続けていた。
映画の余韻を語り合いながら動かなくなった幼虫の背中を見つめる僕と縁美。
「急いで行かなきゃ」
今夜だけは銭湯は交代で出かけた。
先に行く縁美は、
「動きがあったら直ぐに電話してね。裸ででも駆けつけるから!」
それは困る。
交代で僕が銭湯から戻った頃にちょうど日付が変わった。
僕の好きなバンドのヴォーカルがCMに出演していた、とてもおしゃれなワンカップを冷蔵庫から取り出す。
「日本酒、とは」
「たまには刺激的でしょ?」
にっこり笑って縁美が、しぱっ、とアルミニウムのキャップを開けて、カチン、と僕の飲み口に当ててくる。
「あ!蓮見くん!」
「うん」
背中が割れた。
幼虫はゆっくりゆっくり羽を伸ばして行った。
時刻は3:00を過ぎた。
「ふふ。この時間帯のアニメ見てたら中学生の時は叱られたよね」
「僕もそうだったかな」
「ね。深夜のアニメだって人生を語ってるのにね」
僕も縁美も共通のアニメを思い出していた。
そのアニメは原作が小説で、その作家は清涼で魅力的なキャラたちを敢えて人生の寂寥 に晒すようなシチュエーションを造るのが常だった。
奇しくも数時間前に観た劇場版のアニメと深夜のアニメは制作スタジオが同じだった。
「蓮見くん。蝉だよ」
「うん」
夜が完全に明けて、淡いグリーンの蝉が窓からの朝日に逆光のシルエットとなって現れた。
「おやすみ、縁美」
「おやすみなさい、蓮見くん」
眠っている間に蝉は体の色を濃く・硬くするだろう。
目が覚めたら、余命七日間のフライトを、僕らが暮らすアパートの窓からやってもらうつもりだ。
「蝉の幼虫、だよね」
「うん」
アパートの植え込みを這っていた。
ただ、夕闇をカラスが飛び交っているので、僕らの部屋に連れ帰った。
「地中から出てきてるってことは」
「うん。羽化するんだよ」
網戸につたわせた。
「登っていく」
「本能なんだろうね」
網戸の丁度中腹あたりにくると、そこで停まった。
「
「なに?
「寝ずの番、しようか」
「うん」
彼女は続けて言った。
「生まれるところ、見てみたい」
矛盾してる。
蝉の幼虫は多分もう7年ほど前にこの世に誕生してるはずだ。
僕らが一緒に暮らし始めるよりも前のことだ。
でも、僕は素直に頷いた。
縁美の感性は、正しい。
それから僕らはふたりしてテレビを観た。
「蓮見くん。今夜はいい夜だね」
テレビで放映される劇場版のアニメが素敵なんだ。
オープニングからして『我らの時代』という意味の海外のバンドの曲で始まり、シーンひとつひとつを切り取って胸にしまっておきたくなるような美しい絵、描写、キャラたちの表情、それから聲。
聲にならぬ聲も含めて、なんだ。
僕らは蝉にも注意を払わなくちゃならない。ふたつのとても重要な行為を両立させるのは並大抵じゃなかったけど、僕と縁美の情熱はそれをやってのけるんだ。
幸いなことに映画が終わるまでは蝉の幼虫は膠着状態を続けていた。
映画の余韻を語り合いながら動かなくなった幼虫の背中を見つめる僕と縁美。
「急いで行かなきゃ」
今夜だけは銭湯は交代で出かけた。
先に行く縁美は、
「動きがあったら直ぐに電話してね。裸ででも駆けつけるから!」
それは困る。
交代で僕が銭湯から戻った頃にちょうど日付が変わった。
僕の好きなバンドのヴォーカルがCMに出演していた、とてもおしゃれなワンカップを冷蔵庫から取り出す。
「日本酒、とは」
「たまには刺激的でしょ?」
にっこり笑って縁美が、しぱっ、とアルミニウムのキャップを開けて、カチン、と僕の飲み口に当ててくる。
「あ!蓮見くん!」
「うん」
背中が割れた。
幼虫はゆっくりゆっくり羽を伸ばして行った。
時刻は3:00を過ぎた。
「ふふ。この時間帯のアニメ見てたら中学生の時は叱られたよね」
「僕もそうだったかな」
「ね。深夜のアニメだって人生を語ってるのにね」
僕も縁美も共通のアニメを思い出していた。
そのアニメは原作が小説で、その作家は清涼で魅力的なキャラたちを敢えて人生の
奇しくも数時間前に観た劇場版のアニメと深夜のアニメは制作スタジオが同じだった。
「蓮見くん。蝉だよ」
「うん」
夜が完全に明けて、淡いグリーンの蝉が窓からの朝日に逆光のシルエットとなって現れた。
「おやすみ、縁美」
「おやすみなさい、蓮見くん」
眠っている間に蝉は体の色を濃く・硬くするだろう。
目が覚めたら、余命七日間のフライトを、僕らが暮らすアパートの窓からやってもらうつもりだ。