EIGHTY-TWO 電動と手動とどっち?

文字数 1,064文字

 8月15日が近い。

 ゆううつだ。

蓮見(はすみ)くん。電動草刈機買わない?」
「いや。鎌で」

 決して電動草刈機の価格が高い訳じゃない。

 ひっそりとやりたいのだ。

 僕と縁美(えんみ)はわざわざ有給休暇を取った。

「ごめんね。わたしの実家を先にしてもらって」
「いいよ。それより作業にかかろう」

 平日の午後。
 絶対に誰も来ない時間帯を選んだ。

 どこって、墓場に。

「はい、タオル」
「ありがとう」

 ソフトハットに首の後ろにはタオルを巻いて日焼け対策を施した。
 そして暑いけれどもふたりとも上下とも長袖。

「縁美は墓の正面側をやって。僕は裏側に潜り込むから」
「わかった」

 日差しが垂直に落ちてきて痛い。

 どんなにしなしなと動いても汗が止まらない。

「蓮見くん。ポカリ飲みながらね」
「うん。梅干し一個ちょうだい」
「はい」

 熱中症対策を過度なまでにやりつつ鎌で草をひたすら刈る。
 いや、刈るというよりは根元の土を削り取るぐらいの感覚で草を除いて行った。
 縁美は墓の表っ側でしゃがんで、僕は裏っ側で中腰で。

 刈るごとに草を積む。

「蚊」
「我慢」

 叩くのも汗が余計に出るので吸わせるままにして続行した。

「ふうう」

 立って腰を反らした。
 また中腰に。

 鎌で草刈りするメリットなどほとんどない。
 ただ単に隠密にやらざるを得ず、電動草刈機で音を立てて目立つわけにはいかないだけだ。

『ほれ、乳くりあって逃げてったあそこん家の若い者共が、ガーガーと草刈ってたぞ』

 などと噂を立てられないために。

 だったら実家の墓の草刈りなどやらなければいいと思う。

 でも、僕の実家も縁美の実家も、僕ら以外の若い人間は全員県外に行ってしまって誰も草刈りをやらないんだ。

「(馬鹿馬鹿しいよな。僕らは実家の敷居もまたげないし墓参りもひそかにしかできないのに盆に帰省する者たちのために草刈りするなんて)縁美、そっちはどう?」
「(そうだね、寂しいよね・・・ほんとは実家のお仏壇にもお参りしたいけど・・・)こっちは終わったよ。蓮見くんは?」
「僕も終わった。移動していい?」
「もちろん」

 今度は僕の実家の墓のある共同墓地に向かう。

 自転車で。

 それほどに近いんだ。僕らのアパートとふたりの実家とお墓は。

 けれども5年間、一度も帰れてない。
 誰も口を利いてくれない。

「うわ。これはまたボウボウだね」
「ごめんね、縁美。ウチの墓の方が荒れてて」

 縁美は、ふふん、と微笑して否定形の首振りをしながら、アルミシートが内張りされた保冷用のエコバッグから半分凍らせたポカリを取り出して僕に向かって山なりに投げた。

「五十歩百歩だよ」
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