238 すき焼きの〆にはうどん?お餅?どっち?

文字数 1,248文字

 今夜はすき焼き。

 お祝い事があるわけじゃなく、縁美(えんみ)のスーパーですき焼き和牛フェアをやってたので、お肉とそれ以外の材料を買って帰ってきてくれたんだ。

「焼豆腐。竹の子の水煮。春菊。しらたき。長ネギ。しいたけ。えのき」

 具を僕と縁美とで平鍋に入れていく。

蓮見(はすみ)くん。これも」

 水で戻した車麩(くるまぶ)

「砂糖もしっかり入れるね」

 味付けは醤油と砂糖とお酒のみで極めてシンプル。

 お肉が相当いいものなんだ。

「縁美。この値段で、モト取れるの?」
「日頃のご愛顧ということで」

 ローテーブルにカセットコンロを置いてその上に平鍋を乗せて調理する。

 煮えてきた。

「では」
「はい」
「「いただきます」」

 溶き卵の器に、僕はいつものとおりまずは春菊を取る。

「・・・・・・・うん、おいしい」
「わたしはいきなりいっちゃうから」

 縁美はそう宣言して、穢れていない黄身の中にお肉を、とぷ、と浸す。

「はふはふ」

 わざわざセリフとして言うところがかわいいなあ。

「こ、これは・・・・・・・」
「うん」
「美味しい!」

 その後はおしゃべりしながらふたりしてすき焼きで温まった。
 ひとり一本ずつ缶ビールをちゅちゅちゅ、ってすすりながら。
 具の量は多すぎず、種類を多様に、という僕らのいつものすき焼き。

 そして。

「さて、蓮見くん」
「なんだい、縁美」
「いつもの、やる?」
「いいとも」

 僕らはダーツの的をアパートの柱に立てかける。
 ダーツと言っても、この目的のためだけに買ったおもちゃのやつだ。

「わたしから行っていい?」
「いいよ」

 縁美が第一投を、柔らかな手首の動きから・・・・・・・・
 放った。

「どうだっ!」
「お見事」

 見事に真ん中に刺さった。

「じゃあ、今度は僕だね」
「うん。負けないよ」

 僕の投げる番なのに『負けないよ』って言う彼女がなんだか愛おしい。

「て」
「あ・・・・・・あーあ・・・・」

 僕のダーツも真ん中に刺さる。縁美が落胆の声を上げる。

 三投勝負の顛末を、ダイジェストでお送りしよう。

「うー・・・・」
「縁美、肩の力抜いて」
「敵の塩は受けません。やっ!・・・・・あー・・・・」
「じゃあ僕だ。てっ」
「・・・・・うわっ!」
(僕、ガッツポーズ)
「は、背水の陣だね・・・・・・・・・・・・・・えい!」
「おー・・・・・・・・・ああ・・・・・・・惜しかったね・・・」
「・・・・・まだ分からないよ」
「じゃあ最後、僕だね。てっ」
「あ!・・・・・・・」
「じゃあ、うどんね」

 ダーツは僕らがすき焼きの時にシメをどっちにするかのゲームなんだ。

 僕が勝てばうどん。
 縁美が勝てばお餅。

「・・・・・・・三連敗だね」

 そう言う彼女がなんだか僕はとても愛おしくて。
 言ってしまった。

「うどんと餅と半分ずつ入れようか」
「えっ!いいの!?」
「かわいい縁美のためだ」

 両方入れて、再びカセットコンロの火を点ける。

「ちょっと、どろっとし過ぎだね・・・・」

 僕がそう言うと、縁美がつぶやいた。

「蓮見くん。わたしがかわいいなんて、嘘。ほんとにかわいいなら、お餅だけって言ってくれるよね?」
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