161 ひとりになりたい時とふたりでいたい時と今はどっち?

文字数 1,067文字

「疲れたらひとりになろう」、っていうのは小説でも歌でも読んだり聴いたりしたことのあるフレーズだ。

 とても好きな言い回しだ。

「ちょっと歩いてくる」
蓮見(はすみ)くん・・・・・・」

 縁美(えんみ)に心配をかけるつもりは決してないんだけどどうしてもひとりで街を彷徨いたかった。

 月を観ながら。

「石焼き芋。おいも」
「ねえねえ明日も学校、やんなってくるよね」
「これからバイト?」
「あー、おまたせー!」
「はい。はい。あ、部長。いつも大変お世話になっております」
「コーヒー飲んで帰る?」

 街を行くひとたちはみんなそれぞれの今日を生きている。

 ほんとは今夜も縁美とアパートで晩ご飯を食べた後、何かデザートを食べながら楽しみにしてるテレビドラマでも観るつもりだった。

 でも今日は社長と社員ひとりひとりが急遽面接をして。

 確かにこの時期は下期の経営目標について人事考課や査定も含めて確認し合う時期だから前倒しでやるのかな、って思ってたけど。

 全く予想しない質問をされた。

「蓮見くん。もし今この会社を辞めなくちゃいけないとしたら・・・・・・生活していけるかい?」
「えっ・・・・・・」

 意味はなんとなく分かる。僕の前には美咲(みさき)さんが面接してたからほぼ同じようなやりとりをしてた可能性はある。多分僕の次はサラトちゃんが面接を受けるんだろう。

 僕らの会社は社員が10人しかいない。

 社長は決して放漫経営などしていない。むしろ堅め堅めに分相応の事業規模で売上ではなく利益の確保に力点を置いた展開をしてきた。その中で僕も採用して貰ったし、サラトちゃんだってそうだ。

 でも、今の世はそういうギリギリの状態で動いていないと淘汰されてしまう。

 たとえば10人で拮抗していた売上と人件費と残る利益とが。
 9人でないと耐えられなくなるっていうことが僕らの会社だけでなく多くの企業で起こっている。

 10人を9人にすることが『環境への順応』であったりする。

 ダーウィンの進化論を持ち出して『変化に順応できる企業が生き残るんです』としたり顔で説く人間がいる。

 だから僕が社長に言った答えは、そういうものとは逆行するものだったかもしれない。

「社長。僕は大丈夫です。若いですし彼女はいますけどまだ結婚してる訳じゃありません。美咲さんはお母さんの介護がありますしサラトちゃんだって三年限定とは言え中学を出たばかりで職を失えばご両親も悲しまれるでしょう」
「蓮見くん・・・・・・」

 でもやっぱり声が震えた。

「僕が、辞めます」

 夜の街を歩いてたら、月がいつの間にか高く高く昇ってた。

 帰ろう。

 縁美が待ってるから。
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