EIGHTY-SIX ガスコンロとIHならどっち?

文字数 1,162文字

「わ」
「あっ」

 暗転して青くて先っぽだけ赤い炎がまぶしい。

「大家さーん!ブレーカー落ちましたぁ!」
「またかい!節電しなよ!」

 点いた。

蓮見(はすみ)くん、扇風機消すしかないね」
「暑いけど・・・しょうがないね」

 リビングにはエアコンがあるけど台所にはないので扇風機で冷気を送りながら土曜の夜のささやかな晩餐を作ってたんだ。

 縁美(えんみ)はそのままフライパンでしめじとまいたけを炒め続ける。

 僕はTシャツと背中の肌の隙間にうちわで風を流し込んであげる。

「わ。涼しー」

 僕が暑い。

「ガスコンロはやっぱり暑いよね」
「かといってIHだと電源の容量が無いし」
「大家さん改修とかしないのかな」
「そういえば蓮見くん。このガスコンロ買う時に『ガス展』に行ったよね」
「うん。そういえばそうだったね」

 このアパートはプロパンガスで、ガス会社が主催するガス調理器具の展示会で今のコンロを選んだ。

「ご夫婦ですか」
「あ。えと」
「はい。そうです」

 女性スタッフさんに縁美がさっさと答えた。

「だって『いいえ、同棲です』って言うのも変でしょ」
「確かに」

「奥さまが主にお料理を?」
「いえ。夫も一緒です」

 夫・・・

「まあ。それは(むつ)まじいですね」

 睦まじい・・・いい表現だな。

「奥さまはIHの方がいいと思われたことは?」
「今のアパートだとガスしか選択肢が無くて・・・あ、すみません」
「いいえ。ガスもIHもメリット・デメリットございますので。それに制約条件は世の常でございますから」

 僕も縁美も女性スタッフさんの言葉の選び方がとても好きになった。

「ガスコンロでフライパンを多少荒っぽく振りながら調理した方が気分的にスッキリなさるという感覚的なものでよろしいかと」

 縁美がスタッフさんに訊いてみた。

「あの。お料理お上手そうですね」
「いいえ。そんなことは」
「わたしたち結婚して5年になるんですけど、インスタに上げられるような手の込んだ料理とかできなくて」
「そうですか。それでよろしいかと思いますよ」
「え」
「わたくし自身はお料理はあくまでも『日常調理』あるいは『調理作業』という感覚でいいと思います。失礼ですが共働きでいらっしゃいますよね?」
「はい」
「それならば尚更です。お出汁(だし)を取る時間が無ければスティック出汁でいいと思いますし今話題のポテトサラダもスーパーで買ってもよろしいでしょうし。作るにしてもお鍋で揺すって水分飛ばしをするので無く最初っからレンジで蒸して潰して、でよろしいと思いますよ」
「うわあ。すごい気が楽になりました」
「それは良かったです。それに・・・かくいうわたくしはですね」
「はい」
「姑の調理支援を最大限活用しております!」


 瞬間停電の苦難を乗り越えて今夜の夕飯ができあがった。

「いただきます」
「いただきます」

 そして、相手の笑顔を見ながら同時につぶやく。

「おいしいね」
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