198 ギリギリのお風呂とヨユーのサウナならどっち?

文字数 997文字

 23:50

 僕が湯船から上がった時間。

 23:55

 縁美(えんみ)がスチームに身を委ねていた時間。

 どちらが優雅な一日の終わりを迎えただろうか?

「は、蓮見(はすみ)くん、ごめんね、遅くなって」
「いいよ。僕も今上がったところだから」

 僕と縁美が毎日仕事で疲れた体を清めてゆっくりと癒す銭湯、『不動湯』

 今日はふたりとも帰りが遅くなって、それから夕飯の支度をしてふたりで食べて洗い物や明日の準備をしてから不動湯に向かったのでこんな終わりのギリギリの時間になってしまった。

 上がり際、不動湯の番台のおばさんは僕を冷やかした。

「縁美ちゃんを待たせまいとカラスの行水かい?」

「蓮見くん?」
「あ、ごめん。なに?」
「蓮見くんは男湯でサウナに入らないの?」
「ちょっとサウナは苦手で・・・のぼせるかもしれないから」
「ふうん。わたしはサウナは好きなんだけどな」
「熱いの平気?」
「あの我慢して出た後の涼しい風がなんとも言えないんだよね」

 帰り道ふたりで歩く途中でコンビニに寄った。

 満月だから、缶ビールを買った。

「くぅ。冷たくて気持ちいい・・・」
「『美味しい』の間違いじゃないの?」
「ううん。蓮見くん。まさしく気持ちいいんだよ、このビールの冷えた液体が喉を通ってお腹に行って・・・体を中から冷やしてくれるのが」
「でも酔ったらまた火照るよ」
「そしたらね。冷やしてもらうの」

 ん。

「蓮見くんの、冷たい手の甲で」

 縁美はそう言って僕の手を取って、甲を彼女のおでこに当てた。

「ああ・・・・・・・気持ち良い」

 なんて顔だろ。

 目を閉じてるのに、微かにまつげが震えてて、瞳の光がまぶたの隙間から見えてるんだよ。

 衝動に駆られる、けど。

 かろうじて理性で抑えた。

 満月だから、理性をより強く保った。

 アパートに帰り着くとさすがに体は冷えてて、出る前に敷いてあった布団にふたりで潜り込んだ。

「寒む寒む」
「ふふ。蓮見くん」
「なに」
「あっためて」

 縁美が素足のつま先を僕のふくらはぎのあたりに入れてきて、あまりの冷たさに本当に驚いてしまった。

「冷た!」
「ふふ。あったかい」

 縁美はその言葉を繰り返した。

「あったかいあったかい。蓮見くんはあったかい。人間カイロだあったかい」
「歌になってるよ」
「冷やっこい冷やっこい。わたしの足は冷やっこい。氷の女だ冷やっこい」
「ふ」

 思わず笑ってしまった。

 だって縁美が氷の女だったら、誰が彼女を溶かせるっていうんだろう。
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