196 空と海ならどちら?

文字数 1,011文字

蓮見(はすみ)くん、観て!」

 縁美(えんみ)はこの季節にしては熱量のこもった日差しの下で両手を広げて僕に言った。

 縁美と僕が来たのは港を解放した公園。岸壁には何隻かの船が停泊しててその手前の公園部分には広い駐車場と、地元の魚料理を食べられる食堂がある。
 車だけじゃなく、バイクで来た人たちもみんながみんな縁美と同じようにはしゃぎたいはずだ。

 青い空!青い海!って。

「縁美。弘法大師ってどうして空海って名前にされたか知ってる?」
「確か・・・・四国で修行しておられた時のエピソードじゃなかった・・・?」
「うん。高知の室戸岬で修行中の洞窟からご覧になった景色がちょうど空と海が一体になったように映って・・・それで空海と名乗るようになったんだって」
「空と海か・・・・この港の景色だってそうだよね」
「うん・・・・・縁美」
「?なに?蓮見くん」
「この街、好き?」
「え。どうしたの突然」
「僕らの地方はさ、誰もが知ってるような観光地も無いしものすごい有名人もいないし。でも今観てるこの景色みたいにきっと室戸岬の風景と同じように素晴らしい場所もいっぱいあってさ」
「そうだね。誰も知らないけどそんな場所がたくさんあったよね」

 言ってみようかな。

「僕もほんとは東京に行きたかった」
「・・・・蓮見くん・・・・・」
「姉さんたちがさ。結局東京に行っちゃったことを羨んだりはしないけど・・・東京へ行って大きな本屋を巡ったり、神田神保町の古書街を巡ったり」
「うん・・・・・・・」
「美術館を観たり、そんな風にしたいって思った」
「分かるよ・・・・・・」

 多分。

 多分縁美だってそういう華やかな舞台に行きたいって思ってたろうな。

「でも縁美。こうやってこの街の僕たちしか知らない素敵な場所に来たらさ、考え直すんだよね。ここにだってある、って」
「空も、海もあるもんね」

 縁美の言葉に、はっ、とした。

「そうだよ。別に東京だからって訳じゃない。高知だからって訳じゃ無い。空も海も、どの場所でも同じように青いよ」
「そうだね・・・・・そうかもしれないね」

 そうして僕と縁美は船が停泊している岸壁を、そのコンクリートに影を黒く映しながら歩いた。

 その内に縁美が僕の横顔を何度も見てるのに気が付いた。

「なに?」
「蓮見くん、あのね」
「?」
「海の無い県もあるよ」

 あ。

「じゃ、じゃあ、空と湖、とか」
「蓮見くん。湖の色って」

 う・・・・・・

「わたしは緑かな、って思うけど」

 ・・・・・・・僕もそう思う。
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