241 芸術と実用ならどっち?

文字数 1,299文字

 単なるインフルエンサーの言葉ならば実体を伴うかどうかの確認が取れない以上保留して置いとくだけだ。
 けれどもこれは実務家として自ら経営を行う迫田(さこた)さんの言葉だから、脳の理解からココロに浸透するまで繰り返した。

蓮見(はすみ)さん、仕事には芸術が必要だよ」

 迫田さんの勧めで、講演を聴きにきたんだ。

 しかもその講演の会場が・・・・・・

「皆様こんにちは。この『ダウンサイズド・ホール』の建設を企画担当しました金瀬(かなせ)と申します。今日は皆さまが愛してくださっているこのホールの建設にかかる逸話をささやかながらお話させて頂きます」

 金瀬さんは実はインディー・パンクバンドのプロデューサーが本業だった。
 その金瀬さんが、ロック・コンサートはもちろん、クラシック、オペラ、ミュージカル、演歌、ジャズ、あらゆる音楽やステージの公演で高い評価を受ける、僕らのこのちっぽけな地方の街が誇るこの素晴らしいホールをもプロデュースすることのできた核心を話してくださった。

「芸術は生活そのものだからです」

「・・・・・・勉強になるさね」
絵プロ鵜(えぷろう)ちゃん、聴けてよかったね」
縁美(えんみ)どの。(それがし)、やるさね!生活に根差した芸術を描くさね!」
「絵プロ鵜、期待してるよ」
「蓮見どの、やるさね!」
「質問でーす、ひゃひゃひゃ」

『『『真直(まなお)ちゃん!』』』

 質疑応答の時間、真直ちゃんが手を挙げた。
 質問用のマイクが運ばれてくる。

 大丈夫だろうか・・・・

「真直と申します。本日は興味深いご講演とても感銘を受けました。ありがとうございます」

 お。

「金瀬さんに是非ともお訊きしたいことが一点あります。よろしいでしょうか?」
「はい。お願いします」
「先ほど金瀬さんは『芸術は生活そのものだ』とおっしゃいました。ですけれども芸術は常人を超えた手の届き難い存在だからこそ尊く素晴らしいものなのではないですか?」

 真直ちゃん。
 まさかこんな真剣な質問をするとは・・・・・
 いや・・・・・これが彼女の本質かもな・・・・

「真直さん」
「はい」
「わたしには娘がいます。ちょうど真直さんほどの年齢です。彼女は中学の時までとても酷いいじめに遭っていました」
「・・・・・・・はい」
「わたくしは父親として彼女を救ってやることができなかった。なんとなく、いじめに遭っているのではないかということを感じながらも」
「・・・・・お辛かったですね」
「ありがとうございます。彼女はその地獄のような中学時代、自分で自分を救っていた、とわたしに打ち明けました・・・・いえ、不敵に豪語しました」
「なんておっしゃったんですか」
「いじめに遭っているその瞬間、わたしがプロデュースしたパンクバンドの楽曲を、脳内で爆音で鳴らしていたと」

 金瀬さんの表情は悔しそうにも見える。
 真直ちゃんは彼の眼と眼の中心辺りを凝視している。

「彼女は自らそのパンクバンドを・・・・・芸術を選び取って、自らを救おうとした。わたくしは家族という生活において、芸術に負けたんです。彼女にとってそのパンクバンドは、生き延びるための、切実な、武器だった」

 最後に彼はこう言った。

「芸術は、生活そのものであり、銃や剣を持てないわたしたちの武器なんです」




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