143 普通の人と特別な人ならどっちになりたい?

文字数 1,145文字

蓮見(はすみ)くん」
「なに?縁美(えんみ)?」
「ノーベル賞の季節だね」

 朝、通勤電車の中で縁美がそう言った。
 僕も彼女も特別にノーベル賞に興味があるわけではない。ただ、ノーベル文学賞に関しては、世界のみんなが文学的な毎日を送っているような感覚を持って日々生活しているので気にかかる、ってぐらいで。

「蓮見せんぱい。この間一緒にバドミントンやった武田(たけだ)コーチ。ミックスダブルスでオリンピック出場が決まったんです」
「すごいじゃない!大学生で選ばれるなんて普通ないんでしょ?」
「はい。ペアの方は実業団でバリバリのベテラン女子選手なんですけど」
「・・・・・・サラトちゃん、どうしたの?」
「くやしいです・・・・・」

 輝きたいって気持ちは誰だって持ってるんだろう。
 僕もほんとうのこと言うと養子縁組をしてまで子供が欲しいのはそういう面がある。

 親という、その子の特別な存在になりたい。
 代わりのきかないかけがえの無い存在になりたい。

「いらっしゃいませ」

 帰りの電車で縁美と一緒になったのでなんとなくワンクッション置きたくてチェーンの喫茶店に入った。カフェ、って感じじゃなくて年配のビジネスパーソンも社外に持ち出していい範囲での仕事をしたり喫煙席でタバコを吸ったりするような店だ。

「せっちゃんはいつも愛想いいなー」
「やですよお、コバヤシさんのノリがいいからですよおー」

 大学生かな?
 女子アルバイトと常連客のやりとりだ。

「せっちゃん、またね」
「おやすみなさい」
「せっちゃん、まだいける?」
「はい!ラストオーダー、ギリギリセーフです!」

「あの子、人気あるね」

 僕がそう言うと縁美は「そうだね」って返事だけしてカウンターの方を見てた。

「蓮見くん」
「えっ」
「彼女、見てみて」

 縁美が視線で僕を促したのは洗い場でカップやスプーンを洗っているやっぱり大学生ぐらいに見える女子アルバイトだった。

 こういう感覚は分かってもらえると思うけど、口数の少ない静かな子なんだな、ってことが立ち居振る舞いから伝わって来る。

「じゃあ、お先あがります」
「はい。おやすみなさい」

 シフトがそうなんだろう。静かな子の方は店内の空いている席を拭いたり洗ったカップに布巾をかけたりして店を閉める準備を始めた。

「申し訳ございません。そろそろ閉店です」

 淡々と僕らに声をかける彼女。あ、すみません、って僕らが席を立とうとしたら。

「こんばんは」

 入り口にやっぱり大学生ぐらいの男子が立っていた。テイクアウトの客のようだ。

 彼女の顔が、万度(まんど)にほころぶ。

「いらっしゃいませ。今日は何になさいます?」
「じゃあ・・・ココアと(あんず)のデニッシュを」
「いつものですね。毎度ありがとうございます」

 微笑み合うふたり。

「蓮見くん」
「うん」
(あんず)だって。甘酸っぱいね」

 いいな。
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