271 風に吹かれるのと雨に濡れるのとなら・・・爽やかさと潤いを感じますか?

文字数 1,412文字

 日曜だけど、僕は動き続けていた。

「すみません。お忙しいのに」
「いいんですよ。きちんとお金も頂く訳ですから」
「でも、こんなに安く上げて頂いて」
蓮見(はすみ)さん」

 製材所の三代目を継ぐ予定の専務は言った。

「親父・・・社長ならば迫田(さこた)さんとの付き合いがあったからだ、なんて言い方をするでしょうけど俺は違いますよ。純粋にあなたから提示を受けた取引条件がウチの今後に繋がると考えたからですよ」
「ありがとうございます」

 真直ちゃんの高校の卒業式に使う『ボード』と呼ばれる大百足(おおむかで)レースの用具のプレカットを、いつも建材を仕入れている製材所の専務に発注した。

 こういう条件を付けて。

「専務。高校の土木建築学科の生徒とのパイプができます」
「蓮見さん。インターンの募集とか採用活動に有利になるってことですか?」
「いいえ。専務が講師となって週一コマの授業を行って頂きたいんです」
「俺が!高卒の俺が学校の先生を!?」
「はい。学科長と話して来年度からカリキュラムが組めるよう手続きに入って貰います。製材のことだけで無く、植林や伐採、山林の保全や『木』に関わること全般のご講義を」

 昨日の内に4人の首席生徒たちと一緒に学科長と校長に遭いに行って卒業式のイベントについての趣旨を説明し、丁度ボードが細かな破損が目立っていたこともあり、スペアとしての個数分の新調の受注は受けた。
 でも僕は更に踏み込んだことを卒業生たちへの花向けとして進めている。

 今はまだ言えないけど。

 製材所の専務と契約が合意できたので、事前に伝えていたプランをこのプロジェクトのために作ったグループLINEで首席の生徒たちに一斉メールした。

蓮見:明日から各科一年生での作業を進めてください

「ふう」
蓮見(はすみ)くん。お疲れ様」

 日曜の午後遅くになってようやく段取りの付いた僕を縁美(えんみ)は一級河川の土手まで連れ出してくれた。

「蓮見くん。わたしたちの街っていい街だよね」
「そうだね」

 僕の答えを縁美はそっけないって思うだろうか。

 でも、この土手を下流に向かって歩くことは、はしゃぐようなことじゃないんだ。

「蓮見くん。大橋だよ」
「うん」

 土手の途中で、三車線の道路が走る、県の東部と西部のちょうど境目となるこの清らかで大いなる川とクロスして繋ぐ大橋の歩道を僕らは歩いた。

 どうしてか、縁美は右手で、僕は左手で互いの手をまさぐり探すようにして宙で微かに指を動かしながら、人差し指と薬指を最初に触れ合わせてそのままぎゅっと互いの手のひらがしっとりと湿るほどに強く恋人繋ぎをして、大橋の中央を目指して歩いた。

 ちょうどその真ん中。

 僕と縁美は、川の上流に向き直って手を繋いだまま立っていた。

 15歳のあの雨の日と同じように。

 心中って、不思議な単語だ。

 心の中で一緒になるって意味なのかな。

 あの日は濁流を2人で覗き込んでいた。

 怖かった。

 怖くて、怖くて、縁美の指の骨が折れてしまうんじゃないかと思うぐらいに強く手を握っていた。

 そうしていなかったら多分、僕らは堕ちていたんだろう。

「蓮見くん」
「うん」
「死なずにいられて、よかった」
「うん・・・」
「生きていられてよかった」
「うん」
「好きなの、蓮見くん」
「僕もだよ」
「愛してるの・・・ずっと、一緒にいて・・・」
「もちろんさ」

 今日、僕と縁美は、雲の切れ間からオーロラのように差し込む光のカーテンの下で、下じゃなく、川の上流にそびえる連峰を見上げて、並んで立っている。
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