235 クスリとケラケラならどっち?

文字数 969文字

 クスリが切れたらしい。

 どういうわけか僕が頼まれた。

蓮見(はすみ)くん。感染症の季節だから気をつけてね」
「うん」
「ほんとにほんとに気をつけてね」
「うん」

 縁美(えんみ)が僕に何度も何度も促すのは僕の身を心配してだけのことじゃない。

 もしも僕が感染して縁美も感染したらそれぞれの職場に影響を及ぼす。

 そしてここが極めて重要で。

 迷惑をかける、じゃないんだ。

 影響がある、ってことなんだ。

 迫田(さこた)さんに午前半休をもらって病院に行った。
 混まない病院だからリスクは低いかもしれないけど、マスクをして受付の看護師さんに申し出た。

「患者本人でも身内でもないんですけど、処方箋を取りに来ました」
「サカイダレイさまの娘さんの代理の方ですね?」
「はい」
「指定難病の証明書は持って来ておられますか?」
「はい」

 母親の従兄弟のその娘から頼まれた。縁遠いにもほどがあるけど、親戚一円の中でサラリーマンでないから仕事のスケジュールに融通が効くだろう、感染しても構わないくらいにぞんざいに扱ってもいいと思っているんだろう。

 別にどうでもいいけど。

 母親の従兄弟の病状と体調が思わしくなくって病院に行けなかったので、従兄弟の娘が親の代理で電話診察を受けたのだと言う。

 けれどもこの大雪で処方箋を取りに行くのが困難で、近隣に住む僕が取りに来たわけだ。

「この病気を知ってましたか?」
「知らなかったのでWEBで調べました」
「この病気は一回分でもクスリを飲まなかったら患者の命に関わるんです。必ず薬局で薬を受け取って届けてあげてください」

 ドラッグストアは病院から歩いて3分だった。

「ご高齢なので飲み間違えが無いように包みますからしばらく待ってくださいね」

 薬剤師さんに処方箋と指定難病の証明書とお薬手帳を渡して待合の椅子に座ろうとすると呼び止められた。

「お好きな飲み物をどうぞ」

 言われて僕は、カフェオレのペットボトルを選んだ。

 彼女の会社のビルの前まで、クスリを届けた。

「はい」
「どうも」
「それから、これ」

 カフェ・オレ。

「こ、これぐらいお礼に、上げる」
「要らないよ」
「でも」
「駄賃なんか要らない、と言っている」
「・・・・・・・」
「じゃあ」


「ただいま」
「あ、おかえり、蓮見くん。病院、お疲れ様。おクスリ、渡せた?」

 ちょっとだけ間を置いて考えて、それから笑いながら答えた。

「子供の遣いさ」
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