195 はじまりと終わりならどちら?

文字数 1,052文字

 生まれた初めがあれば、死ぬ終わりがある。

 分かってはいるのだけれど。

「この度は・・・」

 昨夜仕事を終えて迫田(さこた)さんの作業場で礼服に着替えて、そのままクロスバイクでセレモニーホールへ向かった。

 叔父さんが死んだんだ。
 僕の父親の弟だからまだそんな年齢じゃない。

 四面楚歌の身内の中で、ひとりだけどういう訳か僕と縁美(えんみ)に対して極めて客観的でいてくれた。

縁美(えんみ)さんは、真っ直ぐなひとだね。心も姿も』

 15歳の冬と春との境目の、親族会議とその直後の僕に対する『訣別式』

 それが終わって僕が捨てられる犬猫のように実家の門を越える瞬間に、叔父さんはたった一言そう声をかけてくれたんだ。

 だからお参りしないという選択肢はなかったんだ。

「誰だ、こいつに知らせたのは」
「新聞で見たんだ」
「だから載せるのは反対だったんだ」

 僕の父親が明後日の方向を見ながら吐き捨てた。

 叔父の妻である叔母には発言権はない。だからココロの中は分からない。

 僕の実家も、分家した叔父の家も浄土真宗なのでお寺さんは仏説阿弥陀経を唱えながらその間に焼香が始まった。

 僕は親族席でなく一般席に座っていたから、お寺さんと親族席に向かって黙礼したが、誰も反応しなかった。

 父親が怖いんだろう。

 理解者でもなく、ただ単に客観的に事実を捉えてそれを認めてくれた叔父。

 たったそれだけのことだけど。
 きっと誰にもできないことだ。

「すみません。失礼します」

 あ。

 縁美・・・・・・

 黒い礼服を着た縁美が、そっと会場のドアを開けて一般席の方に回って来た。

 僕が自分の座席に戻るのに合わせて焼香台の前に向かう縁美。

 はっ、とする美しさだ。

 縁美は親族席に向かって黙礼する。

 大人は誰も反応しなかったけど、もう結婚している僕の従姉妹たちの小さな子供たちが、

 にこっ、

 って縁美にうなずき返していた。

「あいつにはお下がり渡すなよ」

 出口でお通夜で花のお下がりを配っている前でそういう父親の徹底ぶりに執念を感じると同時に。

 僕はとんでもない親不孝者なんだろうな、とも思う。

「はいこれ」

 縁美に小さな女の子がひと束の花を手渡す。確か僕の一番年上の従姉妹の子供のはずだ。

「きれいだからあげる」
「ありがとう」

 にこりとしてしゃがんで受け取る縁美。

 僕はその女の子に、つい訊いてしまった。

「きれいって、どっちが?」
「どっちも」

 僕は自転車を押しながら、縁美とふたりで帰り道を歩いた。

「ねえ蓮見(はすみ)くん」
「なに?」
「手、繋ごうか」
「礼服で?」
「いいでしょ」

 そうしてふたりで並んで歩いた。
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