FIFTY-THREE クマとタヌキと遭遇したいのは?
文字数 1,255文字
「タヌキ?」
集落の最果てにあるお客さんの家へバンで送って行った時、庭の裏の茂みから森の方に走り去って行く動物の後ろ姿を見た。そのおばあさんに縁美は訊いた。
「なあに、縁美ちゃん。ありゃあ子グマぞいね」
「こ、子グマ!?クマが出るんですか!?
「そうよぉ。時折母グマも餌探しに来るよぉ」
「大丈夫なんですか?」
「さあね。クマに聞くしかあるまい?」
すごい話だ。
ところが僕も遭遇した。
「タヌキ?」
「いえ、違いますね」
発電所の除草作業に駆り出された僕とサラトちゃんは灰色の小動物の尻尾を見送り、僕はサラトちゃんの冷静なコメントにやや驚いた。
「アライグマですね」
「アライグマ?」
今や外来種の方がタヌキを駆逐する勢いらしい。
「祖母の家が集落の最果てでクマもイノシシもタヌキもアライグマもなんでも出るのでわたしは見分けられるんです」
どこかで聞いた話だ。
「
サラトちゃんの母方のおばあさんが縁美のスーパーのお客の貫田さんだった。
「僕、名前は?」
「ボクト」
僕と縁美とサラトちゃんとサラトちゃんの甥っ子、2歳のボクトくんと4人で貫田さんの家に行った。ボクがサラトちゃんの家の軽四ワゴンを運転する。
縁美はボクトくんにべったりで可愛がってた。
「いらっしゃい。まさかサラトと縁美ちゃんが知り合いだったとはねえ」
「おばあちゃん。縁美さんと蓮見せんぱいにはほんとにお世話になってて」
すごいエピソードを貫田さんに紹介された。
「サラトちゃんがクマに勝った!?」
「おおげさです」
ボクトくんが大きなオニヤンマを追っかけて山の入り口でクマの成獣に鉢合わせたのだ。
「わたし、ちょうど練習帰りでラケットを持ってたので、バックハンドで」
クマの鼻頭を、まるで居合のように、シュン!と掠め切ったのだ!
「運よくクマが逃げてくれて」
「すごい話だね」
5人で軽トラのわだちが草に刻まれた農道を散策する。
ボクトくんが、まるで古代の昆虫みたいに大きなオニヤンマを見つけた。
「あ」
そのボクトくんの頭の上に、まるで小鳥のような大きさの黄色と黒の羽音が聞こえた。
『スズメバチ!?』
大人全員がそう悟った瞬間、すうっ、と長身がボクトくんの前に、本当に自然に立った。
縁美だ。
縁美の鼻頭数mmの位置で静止するスズメバチ。
微動だにしない縁美。
ハチは、縁美の頬をかすめて飛び去った。
「いやあ、縁美ちゃん。よく落ち着いてじっとしていなすった」
貫田さんが縁美を褒める。
「縁美さん、ボクトを助けて下さってありがとうございます」
サラトちゃんはお礼を言って更に続けた。
「縁美さんって、やっぱり根性ありますね」
「え?度胸じゃなくて?」
「はい」
サラトちゃんが縁美の本質を言い当てた。
「度胸は言ってみれば怖いもの知らずの鈍感です。縁美さんは、繊細で、怖くても意思で押さえ込んでボクトを守ってくださいました」
ボクトくんが縁美の手を、きゅっと握る。少し悔しそうにサラトちゃんが言った。
「それって、根性、です」