TWENTY-FOUR 布団と仕事、どっちを取るの!?

文字数 1,190文字

「あ・・・雨?」

 次の清掃作業の現場へ向けて僕が運転するバンのフロントグラスに、ぷっ、ぷっ、と水滴が何粒かくっついてきた。

「あー。天気予報外れるなんてめずらしいね」
「困ったなあ・・・」
蓮見(はすみ)せんぱぁい。どうしたんですかぁ?」
「ベランダに布団を干してきたんだ」

 そうなのだ。
 アパートのベランダは狭いので布団を干す時は僕と縁美(えんみ)のをいっぺんに干すことができないので今日は僕の分の番だったんだ。

「どうする?蓮見っち。なんならこのまま家に寄ってく?」
美咲(みさき)さん。ここからだと寄るなんてもんじゃなくて市を縦断ですよ・・・お客さんとのアポの時間ももうじきですし」
「そうだね・・・最悪濡れちゃったらクリーニング屋さんに出して洗浄・乾燥するしかないね」
「いえ、それはいいんですけど・・・」
「なになに蓮見っち。まさか縁美ちゃんの布団で寝るのが恥ずかしいとか言わないよね?」
「・・・・恥ずかしいです」
「はあ・・・どんだけオクテなのよ、アンタたちは?」

 オクテ、というのとは違うんだけどな・・・まさか美咲さんに僕のカラダを見せて『こんなだからデキません』なんて言う訳にもいかないし・・・・

 仕事終わりでダッシュでアパートに帰ってベランダに飛び出る。
 びしょびしょじゃないけれどもしっとりと完全に湿っていた。雨は上がっていたので自転車の荷台に布団を括りつけて近所のクリーニング屋さんに持って行った。

「わあ。やっぱり濡れちゃったんだね」

 帰って来た縁美は表面では残念そうな言葉を言うけれども顔が笑ってる。
 なんで?

「一緒に寝ようね。蓮見くん」
「はい・・・・・・・」

 以前言ったけど、僕も縁美もそれぞれのばあちゃんから『吐く息で気力が削がれるから男女は一緒の布団で寝ちゃならん』と言われてた。だからアメリカの古い映画に出てくるダブルベッドをばあちゃんたちは忌み嫌ってた。

「今夜は、しょうがないもんね」

 縁美も僕も、不可抗力を待ってたのかもしれない。

「蓮見くん、歯磨きした?」
「う、うん。した」
「じゃ、寝よっか」
「う、うん・・・・」

 それこそ中学生かと思われるかもしれないけど、パジャマを着た縁美が布団の上でぺたん、と正坐してるのを見ただけで僕の脈拍がかなり激しくなってると思う。

「じゃ、おやすみなさい」
「おやすみ」

 布団にするんと入ると縁美が掛け布団を引き寄せてくれた。

「あったかくしないとね」

 僕の首のあたりに布団をとんとんとかけてくれる。

 やさしい。

 縁美が、す・・・という無音に近い寝息を立て始めると僕はひとつのことを考え始めた。

 しあわせっていうのは、こういう一瞬のことなんだろうって。

 そして、それは、瞬間瞬間で二度と戻らないんだろう・・・って。

 ああ・・・・・・

 縁美の足の指先が僕の爪先に、きゅっ、と押し付けられた。

 起こさないように、トリートメントが淡く香る髪をそっと抱き寄せた。

 おやすみ。
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