216 眠れる森の美女と眠れない街の美女ならどっち?

文字数 1,254文字

「いやー、眠れなくて」
「まさか」

 真直(まなお)ちゃんのセリフを僕は全否定した。

蓮見(はすみ)さん、嘘じゃないよ。面白くて気にかかることがいっぱいあり過ぎて寝てる暇なんかないよ」

 そっちか。

 迫田(さこた)さんがツッコむ。

「真直。面白い・面白くない、で生きてたらつまらんぞ」
「おじいちゃん。じゃあ訊くけど辛いことを面白くやってる人が偉いんじゃないの?」

「・・・・・それも一理あるわな。でも面白くなければやらない、っていうのは却ってつまらん人生だと俺は思うぞ」
「蓮見さんは?」
「あの・・・・・・眠れるか眠れないかでいえば眠れた方がいいと思う。真直ちゃんはつまり朝が待ち遠しくてワクワクして眠れないんだね?」
「おおむねそうだね。でもワクワクして眠れないだけじゃなくって、ほんとに起きて活動するから。夜中に鍋焼きうどん作って食べたりとか」
「お?最近冷蔵庫の中の食材が無くなると思ったら夜食作って食ってたのか?」
「おじいちゃん、ごめんごめん。思いがけず豪華なうどんにすることもあるからさ」
「真直・・・この間金華ハムが無くなってたのは・・・うどんに入れたのか?」
「うん、そうだよ」
「それから、『黄身が強い玉子』が無くなってたのも」
「うん。うどんに落として蓋して蒸らしたよ」
「それから・・・・『あんこう』もか?」
「そうそう。コラーゲンたっぷりで」
「こらあ!」

『あんこう』に迫田さんが激昂した。

「土曜日に親戚が集まるから仕込んであったのに・・・なんてことしやがるんだ!」
美味(びみ)だったよ」

 ぺろ、って舌を唇から上の方に向けて出した姿はかわいい系のキャラクターというよりは、ヘビがチロチロと舌を出しているっていうのが一番近い表現だった。

 今夜は夜更かし禁止だ!と迫田さんに厳命された真直ちゃんは、どういう訳かその夜、僕に電話をかけてきた。
 縁美とアパートでくつろいでいる時に。

『あー、蓮見さん、起きてた!』
「そりゃあね。まだ夜の8時だから」
『わたしはおじいちゃんにご飯食べたらすぐ寝ろ、って命令されてもう布団に入ってるんだよ。わたしのパジャマ、どんなのか知りたくない?」
「別に」
『わー、痩せ我慢してるんだね』

 縁美(えんみ)が訊いてきた。

「だれ?」
「真直ちゃん」

 僕がそう言うと、ああしょうがないよね災害みたいなものだと思うしかないよね、っていう表情をした。

『蓮見さーん。羊数えて?』
「自分で数えなよ」
『’羊を数えても夜は終わらない’って曲知ってる?』
「Dragon Ashでしょ?寝なよ」
『蓮見さーん、子守歌歌って?』
「・・・・いやだよ」
『歌って歌って歌って!』

 寝こじれた赤ん坊か!

「蓮見くん。わたしが歌うよ」

 そう言って、縁美が僕と電話を代わる。

『あ。縁美さん?』
「真直ちゃんこんばんは。歌うね」

 そのまま縁美は聴いたこともないメロディーに乗せて歌った。詩も僕は知らない。

 お水に笹舟浮かべたら
 お川を下っていい感じ
 ざあっ、とお瀧をくだったら
 瀧壺真ん中ぷーかぷか

「縁美?」
「しっ」

 電話から。

 くー、くー、くー、

 っていう真直ちゃんの寝息が聞こえてきた。
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