FIFTY-TWO 怒る人と鎮める人とどっち?

文字数 1,219文字

 ジャリンッ!

 神の(いかづち)か!

 というような音がしたのはコンビニの冷蔵庫の前。

「やってられんすわ!」

 突然制服を着た僕とそう年齢が違わない男性店員が冷蔵庫の扉を叩きつけるように閉じながら大声を出した。僕の耳の脇で。

「ちょ・・・お客様の前ですよ」

 慌ててレジの向こうから小走りしてきたのはオーナーだろうか。おじいさん、と呼んで差し支えない風貌の人だった。

 でもなんだか様子が違った。
 どうやらこのおじいさんもアルバイトのようだ。

「どう考えたって俺の方が仕事してるのにアンタと時給が同じなんだよ!」
「・・・お客様、申し訳ありません。さあ、ちょっと向こうで話しましょうか」
「客の前だからって何自分の方が人間できてるみたいなカッコつけてんだよ!言い訳できるんならここでしろよ!」
「あの・・・」

 モラルに引きずられる訳でも親切心でもなんでもなく、僕は若い店員に言った。

「どっちが仕事できるとか自分の方が大変とかそんなの誰にも判別できないことですから。あなたは僕と同い年ぐらいですよね?」

 そしたらおじいさんがこう言った。

「いえ、お客様、すみません。そうではないんです」
「え」
「私は若い頃三交代で車の電装まわりの部品を作る工場に勤めてました。その時、手際の悪い年配の工員さんたちを指差して『なんで俺よりあいつらの方が給料高いんだ!』って年功序列の賃金体系を罵ってました」
「・・・そうですか」
「明日は我が身、自業自得、自分を棚に上げる・・・後悔は尽きません」

 若いアルバイトも、おじいさんも僕も黙ってその場に立ち尽くした。

 縁美(えんみ)は高齢のお客さんたちを送迎するバンを運転するローテーションの日なので遅くなるって言ってた。
 ほんとは会社近くのコンビニで足りない食材を買って晩ご飯の準備をするつもりだったけど、縁美のスーパーのある駅で途中下車した。

「あれ?蓮見(はすみ)くん?」
「ちょっとここで買おうと思って」

 僕が卵の陳列をしている縁美と話しているとおばあさんが寄ってきた。

「なんだいなんだい縁美ちゃん。そのお兄さんはなんなんだい」
「あ。多田さん、いらっしゃいませ。ええと・・・彼は、彼氏です・・・」
「こんにちは。蓮見、って言います」
「あらあらそうかいね!縁美ちゃんよ、いい男じゃないかね!」
「ありがとうございます」

 縁美が僕の保護者みたいにお礼を言う。

「蓮見さんって言ったね?わたしは10年前に旦那を亡くしてね。アンタみたいにいい男だったよ」
「ありがとうございます」

 こう言われてはかなわない。
 僕は旦那さんを褒めるつもりでお礼を言った。

 多田さんはカートから手を離すと腰をガクッとさせてよろめいた。縁美がそれを支える。

「多田さん、大丈夫ですか?」
「縁美ちゃん、いつもこんな役立たずを車で送り迎えしてくれてすまんことだねえ」

 縁美はやたらとにこにこしてこう言った。

「全然。わたしだって歳取りますもん」

 僕ら20歳。
 こうも違うのか。

 20歳。
 結末はみんな同じなのに。
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