SEVENTY 苦と楽と選べるものならどちら?
文字数 1,367文字
ニュースは遠い誰かの物語じゃない。
『衝撃的なニュースが入りました。◯◯県の医師が母親の痴呆に悩む娘の依頼を受け、安楽死のための薬を処方し、殺人の容疑で逮捕されました』
僕の布団でおでこを、とっ、とくっつけてこめかみや頬のマッサージを互いにし合っていた縁美 と僕はテレビの液晶画面に視線を向けた。
「安楽死・・・」
「・・・蓮見 くん。スーパーの先輩がね、やっぱり痴呆症のお母さんを介護しながら勤めてるんだけど、時々耐えきれなくなるって」
「そっか・・・僕らの親にしたって、いつそうなるか分からないよね」
「蓮見くん。わたしたちにしたってそうだよ」
「僕ら?」
「うん。たとえば、治療法のない病気になって余命宣告を受けて・・・それからたとえばもっと歳を取って『胃ろう』の選択を迫られた時に、どう判断するか、とか」
「そうなったら僕は延命措置取らなくていいからね、縁美」
「簡単に言わないで」
「え」
「もう会えなくなるんだよ」
「でも・・・」
縁美が、僕のおでこに、つっ、ってキスしてくれた。
「わたしの蓮見くん」
「・・・・・・うん」
「ふふ。
ああ。
これをなんて言い表せばいいんだろう。
好きだ、っていう言葉しか出てこない。
この子のために、石にかじりついてでも生きていようって思った。
縁美のすごいところは、裏付けをきちんと取ろうとするところだ。
丁寧に、丁寧に。
以前花の名前をそのままにしなかった時のように。
「蓮見くんバイオエシックス、って言うんだって」
「バイオエシックス・・・?」
「うん。ほら、今日、仕事の帰りにこれだけ借りて来たの」
図書館のバーコードのついた本が5冊。
『生命倫理』っていうタイトルの本が一冊あった。
縁美から受け取って蛇腹の経本を繰るようにして目を通してみる。
「脳死の話があるね」
「そう。それと、この短編小説」
見たことのない作家の短編集の中に、素通りできないぐらいの衝撃のあるタイトルがあった。
『無脳だけど死にたくない』
縁美はもう読んだという。
ネタバレになるかも、と断った上で解説してくれた
「無脳と無能をかけてるの。会社勤めの男の人がね、仕事で車を運転してる時に事故を起こして意識不明で病院に運ばれるの。奥さんと幼稚園の息子さんが病室で見守る中、脳死を宣告されるの」
「・・・うん」
「彼は脳死の際に臓器提供する意思表示を家族にもしてて、そのカードも持ってたの。だから奥さんは本人の人助けをしたいという意思を尊重します、って・・・提供に自分も同意するの」
「・・・・・・・・・」
「でも、脳は死んでも、魂は生きてる」
「・・・・・・ああ・・・・・」
「男性は、奥さんが男の子に『お父さんにお別れしなさい』って泣きながらいう時のその様子も見えてる。目を閉じてるのに見えるの。蓮見くん」
「・・・うん・・・うん・・・」
「彼は、奥さんと息子さんが病室から出ていく時、身を悶えさせたくても身体を1ミリも動かすことができない。涙も出ないけど、泣いてるの・・・それでね、心臓の摘出手術が始まるの・・・殺されるのよ、メスで切られて・・・痛い、なんて言葉できっと表現できないよね。寂しい、って言葉でもう言い尽くせないよね。ねえ、蓮見くん」
僕は、彼のように動くことができなかった。
「わたしの蓮見くん。ひとりで、死なないで」
『衝撃的なニュースが入りました。◯◯県の医師が母親の痴呆に悩む娘の依頼を受け、安楽死のための薬を処方し、殺人の容疑で逮捕されました』
僕の布団でおでこを、とっ、とくっつけてこめかみや頬のマッサージを互いにし合っていた
「安楽死・・・」
「・・・
「そっか・・・僕らの親にしたって、いつそうなるか分からないよね」
「蓮見くん。わたしたちにしたってそうだよ」
「僕ら?」
「うん。たとえば、治療法のない病気になって余命宣告を受けて・・・それからたとえばもっと歳を取って『胃ろう』の選択を迫られた時に、どう判断するか、とか」
「そうなったら僕は延命措置取らなくていいからね、縁美」
「簡単に言わないで」
「え」
「もう会えなくなるんだよ」
「でも・・・」
縁美が、僕のおでこに、つっ、ってキスしてくれた。
「わたしの蓮見くん」
「・・・・・・うん」
「ふふ。
わたしの
だから勝手に死なないでね」ああ。
これをなんて言い表せばいいんだろう。
好きだ、っていう言葉しか出てこない。
この子のために、石にかじりついてでも生きていようって思った。
縁美のすごいところは、裏付けをきちんと取ろうとするところだ。
丁寧に、丁寧に。
以前花の名前をそのままにしなかった時のように。
「蓮見くんバイオエシックス、って言うんだって」
「バイオエシックス・・・?」
「うん。ほら、今日、仕事の帰りにこれだけ借りて来たの」
図書館のバーコードのついた本が5冊。
『生命倫理』っていうタイトルの本が一冊あった。
縁美から受け取って蛇腹の経本を繰るようにして目を通してみる。
「脳死の話があるね」
「そう。それと、この短編小説」
見たことのない作家の短編集の中に、素通りできないぐらいの衝撃のあるタイトルがあった。
『無脳だけど死にたくない』
縁美はもう読んだという。
ネタバレになるかも、と断った上で解説してくれた
「無脳と無能をかけてるの。会社勤めの男の人がね、仕事で車を運転してる時に事故を起こして意識不明で病院に運ばれるの。奥さんと幼稚園の息子さんが病室で見守る中、脳死を宣告されるの」
「・・・うん」
「彼は脳死の際に臓器提供する意思表示を家族にもしてて、そのカードも持ってたの。だから奥さんは本人の人助けをしたいという意思を尊重します、って・・・提供に自分も同意するの」
「・・・・・・・・・」
「でも、脳は死んでも、魂は生きてる」
「・・・・・・ああ・・・・・」
「男性は、奥さんが男の子に『お父さんにお別れしなさい』って泣きながらいう時のその様子も見えてる。目を閉じてるのに見えるの。蓮見くん」
「・・・うん・・・うん・・・」
「彼は、奥さんと息子さんが病室から出ていく時、身を悶えさせたくても身体を1ミリも動かすことができない。涙も出ないけど、泣いてるの・・・それでね、心臓の摘出手術が始まるの・・・殺されるのよ、メスで切られて・・・痛い、なんて言葉できっと表現できないよね。寂しい、って言葉でもう言い尽くせないよね。ねえ、蓮見くん」
僕は、彼のように動くことができなかった。
「わたしの蓮見くん。ひとりで、死なないで」