169 無言と有言ならどちら?
文字数 1,252文字
単線なのでディーゼル車に乗ってまた途中まで戻らないといけない。
今日3日目の午後もいくつかの駅で途中下車したけれども縁美 ともほとんど喋らずにただ歩いていた。
地方の日曜日の電車は通勤・通学客がいないので沈黙が余計にこたえる。
「蓮見 くん」
「ごめんね、縁美。嫌な気分にさせて」
「ううん・・・それはいいんだけど・・・もしかしてまだわたしに言ってないことがあるんじゃないかなって思って」
僕が中3の終わりに高校へ行かないと決めて家を出ることになった経緯はまさしく当事者として縁美は知ってる。
僕の母親は父親と再婚だったんだ。
僕はそのいわゆる連れ子だった。
父の娘はすなわち僕の姉で、僕とは8歳離れてる。
元夫と離婚した僕の母親は離婚の原因を僕が『そういうことをできない』体に生まれたからだと思っている。ほんとにそうなのかどうかはわからないし今となっては母親の離婚のことなどどうでもいい。
父親の元妻、つまり姉の実の母親とは死別で、父親は男の子を欲しがってた。地元で何代か続いた家だし仏壇も神棚もあるのでその感覚は僕も子供なりになんとなく分かった。けれども僕が『子孫を自力で残せない』身体だと知ったのは母親と再婚した後だった。
騙された、って父は母を責めたらしい。
姉は僕をかわいがってくれた。姉のことは嫌いじゃないし今でも感謝してる。死ぬまで一緒に暮らしてた祖母と一緒にかばってくれてたと思う。
でも、配偶者によって人は変わる。
姉も。
姉はできちゃった婚だった。僕が中3の秋だ。
結婚と同時に僕の義兄、つまり姉に『そういうこと』をしただろう男も僕らの家で同居することになった。姉も家で出産の準備をした。
義兄は優秀で地元に本社を置く機械メーカーの東京支社への栄転で春から東京で単身赴任することが決まっていた。
でも義兄は全員の前でこんなことを言った。
「血がつながっていない弟なんだろ?妻に『そういうこと』をしてしまうんじゃないか?」
って。
訳が分からないけど母親はもっと訳が分からない解説をした。
「大丈夫。この子は『そういうことができない子』だから」
笑いながら。
ここまでは縁美も知ってる。
「・・・・蓮見くん。言ってみて?」
「・・・・・靴が・・・・・」
「靴?」
情けない。
恥ずかしい。
でも、もうダメだ。
言わずにはいられない。
「玄関に脱いであった義兄 のスニーカーを母親が見て義兄にこう言ったんだ。『あらあ、かわいい靴ね』って」
「・・・・・・・・・」
「僕にはそんなの言ったことない。それだけじゃないんだけど、最後はそれだった。僕が家を出るしかないな、って思ったのは」
縁美は呆れるかな。
「バカだろ」
「ううん」
「・・・・・・バカだよ。僻 みもいいとこだよ」
「ううん。バカじゃない。僻みじゃない。安心した」
「・・・・・安心・・・・?」
「靴が原因で決断したんだね・・・・・・・蓮見くん」
「うん・・・」
「わたしたちに養子ができたら、その子に毎日言うよ。『キミの靴、かわいいね』って」
車内の明かりが、今点いた。
今日3日目の午後もいくつかの駅で途中下車したけれども
地方の日曜日の電車は通勤・通学客がいないので沈黙が余計にこたえる。
「
「ごめんね、縁美。嫌な気分にさせて」
「ううん・・・それはいいんだけど・・・もしかしてまだわたしに言ってないことがあるんじゃないかなって思って」
僕が中3の終わりに高校へ行かないと決めて家を出ることになった経緯はまさしく当事者として縁美は知ってる。
僕の母親は父親と再婚だったんだ。
僕はそのいわゆる連れ子だった。
父の娘はすなわち僕の姉で、僕とは8歳離れてる。
元夫と離婚した僕の母親は離婚の原因を僕が『そういうことをできない』体に生まれたからだと思っている。ほんとにそうなのかどうかはわからないし今となっては母親の離婚のことなどどうでもいい。
父親の元妻、つまり姉の実の母親とは死別で、父親は男の子を欲しがってた。地元で何代か続いた家だし仏壇も神棚もあるのでその感覚は僕も子供なりになんとなく分かった。けれども僕が『子孫を自力で残せない』身体だと知ったのは母親と再婚した後だった。
騙された、って父は母を責めたらしい。
姉は僕をかわいがってくれた。姉のことは嫌いじゃないし今でも感謝してる。死ぬまで一緒に暮らしてた祖母と一緒にかばってくれてたと思う。
でも、配偶者によって人は変わる。
姉も。
姉はできちゃった婚だった。僕が中3の秋だ。
結婚と同時に僕の義兄、つまり姉に『そういうこと』をしただろう男も僕らの家で同居することになった。姉も家で出産の準備をした。
義兄は優秀で地元に本社を置く機械メーカーの東京支社への栄転で春から東京で単身赴任することが決まっていた。
でも義兄は全員の前でこんなことを言った。
「血がつながっていない弟なんだろ?妻に『そういうこと』をしてしまうんじゃないか?」
って。
訳が分からないけど母親はもっと訳が分からない解説をした。
「大丈夫。この子は『そういうことができない子』だから」
笑いながら。
ここまでは縁美も知ってる。
「・・・・蓮見くん。言ってみて?」
「・・・・・靴が・・・・・」
「靴?」
情けない。
恥ずかしい。
でも、もうダメだ。
言わずにはいられない。
「玄関に脱いであった
「・・・・・・・・・」
「僕にはそんなの言ったことない。それだけじゃないんだけど、最後はそれだった。僕が家を出るしかないな、って思ったのは」
縁美は呆れるかな。
「バカだろ」
「ううん」
「・・・・・・バカだよ。
「ううん。バカじゃない。僻みじゃない。安心した」
「・・・・・安心・・・・?」
「靴が原因で決断したんだね・・・・・・・蓮見くん」
「うん・・・」
「わたしたちに養子ができたら、その子に毎日言うよ。『キミの靴、かわいいね』って」
車内の明かりが、今点いた。