220 事故と自己ならどっち?

文字数 1,057文字

蓮見(はすみ)くん、今日は早く帰るね。何食べたい?』

 縁美(えんみ)から入ったメールを見て、これは夕飯のメニューを訊いてるんじゃないってすぐに分かった。すぐに返信した。

『何かあった?』

 あった。

迫田(さこた)さん、すみません。今日は早めに帰らせて頂いていいですか?」
「いいよ、もう5時だし。何かあったの?」
「はい・・・縁美が事故ったみたいで」

 縁美をひとりでアパートに居させるのはまずいと思ったからファミレスで待ち合わせた。僕が自転車で駅前のファミレスに着くと縁美は一番奥のテーブルの手前で入り口に背を向けて座ってた。

「縁美、向こう側に座りなよ」
「うん・・・・・・」

 壁を背にする椅子に縁美を移してあげると、彼女はうつむいたままだった。

「何食べようか」
「・・・・・・ドリンクバー」
「それは飲み物。ハンバーグでも食べる?」
「蓮見くんに任せる・・・・・」

 食べられるかどうかよりも見た目に力のあるメニューがよかった。
 人身事故ではなく車対車で怪我人も居ないので少し安心はしていたけど。

「相手が右折してきたんだね?」
「うん。片側二車線の県道だけど信号のない場所で。わたしは直進で相手の男の人が駐車場から右折で出てきたんだ」
「駐車場?交差点の反対車線からじゃなくて?」
「うん。交差点のすぐ隣にある観光バスも停まれる大きな駐車場でね、そこから結構なスピードで右折してそのまま進んできたの」
「じゃあ、相手がほとんど悪いんだね」
「そう、なのかな?」
「・・・・・・縁美、どうして?」
「事故の現場で相手の人がすぐに警察を呼んでくれて実況検分やったんだけど、その警官のひとがね・・・・・・」
「うん」
「『あなた、クラクション鳴らさなかったの?』ってわたしに言ったんだ」

 あ。
 ああ・・・・・そういう。
 ・・・・・そういう見方をするんだね・・・

「縁美。大変だったね」
「うん・・・・・」
「お客さんを送迎するバンじゃなくてよかったね」
「軽四ワゴン、修理に出してきたよ。スーパーの人たちにすごい迷惑かけちゃった・・・・」
「でも、保険でカバーできるんでしょ?」
「うん。蓮見くん」
「なに」
「車の運転、なんだか怖くなっちゃった・・・・」

 僕は言った。

「もし、ほんとにそうなら、辞めてもいいよ」
「えっ」
「仕事、辞めてもいいよ。車を使わない仕事、何か探せばいいよ」

 縁美のこの表情は・・・・『我慢』ではないね・・・・

「蓮見くん。ありがとう。もう大丈夫」
「無理しなくていいよ」
「ううん。ほんとに大丈夫。だって、蓮見くんが」

 にこっ、てする縁美。

「わたしの自己を全肯定してくれたから」
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