261 こっちの賞とあっちの賞ならどっち?

文字数 953文字

 エンターテイメントのど真ん中を行く賞と、ひそやかにけれども浮き上がれないひとたちの背をそっとさするような賞と。

 いや、後者は賞というよりはただ、その作品を収めるためのとても簡素で質素な額縁みたいな。

「悩んでるさね」
絵プロ鵜(えぷろう)ちゃんの好きな方を選べばいいと思うよ。絵プロ鵜ちゃんが描きたいと思う方を」

 普段こんな店に三人で来ることなんてないけど、日付が変わる少し前に僕と縁美(えんみ)の部屋にアポ無しでやってきた彼女を誘うとしたらやっぱりこんなバーだろう。

「もし飲めるのなら、少し飲まないか?」
蓮見(はすみ)どの。(それがし)も飲んでいいかね?」
「絵プロ鵜。キミはもう十分頑張ってる。自分で自分を(ねぎら)ってもいいと思う」
「そうかね・・・・・」
「絵プロ鵜ちゃん」

 三人してジントニックを唇で味わうように飲みながら、縁美が絵プロ鵜にもう一度言った。

「絵プロ鵜ちゃんの描きたい方を選んでいいんだよ」
「うん・・・・・・うん・・・・・・・・そうするさね」

 泊っていけば?と僕も縁美も引き止めたけれども今夜はこの後はひとりになりたいという。
 彼女のアパートまで送って、それから僕らもアパートに帰った。

 僕は夜中、とても自然に目が覚めた。

「蓮見くん」
「縁美も起きたの?」
「うん」

 縁美が枕元で充電されているスマホを、ケーブルをつないだまま引き寄せて、絵プロ鵜の仕事用のアカウントを開いた。

 絵プロ鵜の、ほんのささやかな決意が、とても端的に書かれていた。

『某のほんとうに描きたいことを考えていくと、今連載させて頂いているものとはまた違う画風・作風に行き着いてしまったさね。
 某は読んでくださる・・・・・・もっと直接的に言うと買ってまでして読んでくださる方々のお陰、某の漫画が市場で流通するように労苦を厭わずにプロモーションしてくださる編集の皆さんのお陰でこうして漫画が描けているのは事実なのだけれども、やはり描かずにはいられないさね。
 だから、ほんの少しの変化を皆さんにお知らせするさね。
 もしかしたら、別のレーベルで描くかもしれないさね』

「遠回りかもしれないけど」

 僕は縁美と、それから自部屋でこの文章を何度も打ち直しながらアップしただろう絵プロ鵜に向かって、つぶやいたんだ。

「彼女の心が大切なんだ。遠回りだと感じても楽しんで過ごせる道を進んで欲しい」
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