THIRTY-SEVEN ポジティブとネガティブどっち?

文字数 1,091文字

 もうどうにもならないぐらいに疲れ果てた人に「頑張って」とか「前向きになろうよ」とか声をかけるのはどうなんだろう。

蓮見(はすみ)くん、絵プロ鵜(えぷろう)ちゃんの最新話読んだ?」
「うん。結構響いたよ」

 あらすじはこんな感じ。
 会社勤めの女の子が終わりの見えない仕事の山に突っ込んでしまって来る日も来る日も仕事の山を取り崩してはまた積まれ、お客さんへの愛想笑いとクレームを受けた時の苦笑いと冷や汗とで仕事の激烈さとしては針が振り切れた状態なんだけど、異常も繰り返せば日常となってしまうという典型例のようなならせば起伏のない同じような毎日を繰り返すという。

「女の子が『疲れました』ってひとことSNSでつぶやいて・・・その後のリプが怖かったよね」
「うん。蓮見くんもそう思った?」
「思ったよ。だって『疲れてるのはあなただけじゃない』とか『仕事があるだけまだマシ』とか『お客さんへの対応に心がこもってない』とかさ」
「きっとリプしてる人自身も疲れてるから『わたしだって』っていう思いなのは分かるけど・・・」

 アパートの部屋を少し出てふたりで歩きたくなった。

 別に用事もなかったけど、ビルの隙間から月が見えるスポットを知っていたので散歩に出た。

「ねえ、蓮見くん。蓮見くんは辛い時わたしに辛いって素直に言ってくれてる?」
「どうだろう。言ってるかな、って思うけど」
「そっか。結構態度に出てることあるよね」
「あ。やっぱりそう?」
「うん。『あっ。よしよしして欲しいのかな』なんて背中からオーラが出てることあるよ」
「うわ。なんか自分がみみっちく思えてきた」
「ふふ。そんなことないよ。わたしの母性がくすぐられてかわいいよ」

 なんだか恥ずかしくなった。
 僕は前から気にかかっていることを今日も訊いてみた。

「縁美は僕に『疲れた』って言わないよね」
「これは言っていいのかな」
「?」
「わたし、アパートに帰って来てすぐに蓮見くんにおでこを、とっ、とくっつけることあるでしょう?」
「うん」
「そうするとね。疲れが瞬時に溶けるの」
「・・・ほんと?」
「それは嘘じゃないよ。ほんと」
「でもだからってそれだけで済む訳ないよね?」
「もちろん。でも概ねそれで解決してる」
「僕は縁美に『疲れた』って言って欲しい」
「蓮見くん」
「え」
「蓮見くんがそういう風にわたしを扱ってくれてるだけでもう満足」

 そういえば。

「縁美」
「なに」
「『お疲れさま』ってすごくいい言葉だよね」
「あ」

 尖ったビルとビルの隙間からようやく月が見えてきた。
 縁美が笑いながら僕に返してくれた。

「蓮見くん。毎日わたしと居てくれてお疲れさまです」
「縁美こそ。僕に毎日付き合ってくれてお疲れさま」
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