194 怒鳴りと叫びならどっち?

文字数 1,087文字

「わあああああああ!」

 これは怒鳴り?叫び?

「うおおおおおおお!」

 怒鳴り?叫び?

「こぉらああああああああ!」

 これは・・・・怒鳴り、かな?

 ふざけているわけじゃ決してなくって、遭遇したんだ。

 逮捕劇に。

「そこの方!下がって!下がって!」

 あ。

 マズい。

 夕闇の中自転車でアパートに帰る途中で通りかかっただけなのに、僕の方に犯人らしき人が向かってくる。

 右手に(のこぎり)

 左手に金槌(かなづち)

 同業?

「止まれぇぇえ!撃つぞぉおお!」

 追ってくるふたりの警官の内のひとりが拳銃を上に向けて。

 撃った。

「きゃぁあああああ!」

 これは多分叫びだよね・・・・

 威嚇射撃でも鋸と金槌を持った男は止まらない。

 そのまま自転車で足を着いて停まっている僕の所に向かってくる。

 僕がいるから犯人に向けて発砲できないんだな。

 ちなみに。

 僕の自転車は迫田さんの職場への通勤用にクロスバイクに買い替えたばかりだ。

 ロードバイクほどではないけど超軽量なんだ。

 なら。

「よ」

 僕は怒鳴るでも叫ぶでもなく、『よっこらしょ』程度の掛け声でクロスバイクを重量上げみたいにしてハンドルとサドルを両手で持って真上に持ち上げて。

「えい」

 そのまま犯人に放った。

「うぉいや!」

 うぉいや?

 振り下ろされるような軌道で投げられた僕の自転車がぶつかった犯人は怒鳴りなのか叫びなのか感情の読めない音声を発して。

 仰向けにひっくり返った。

「あ。ごめん」

 思わず謝ってしまう僕は小市民の典型だろうか。

 結局この男はホームセンターで商品の鋸と金槌をそのまま使ってレジから3万円を脅し取った強盗だった。

「いや!大丈夫ですか?間違いなく表彰の対象になるでしょうから一旦署までお連れしますよ」
「あの。家に帰りたいんですけどいいですか?」

「ただいま、縁美(えんみ)
「お帰り、蓮見くん。ねえ、さっきパトカーのサイレン鳴ってたけど何かあったのかな」
「強盗が捕まったみたいだよ」
「あ、そうなんだ・・・ニュース見たの?」

 縁美はハッシュタグをつけて強盗の情報をスマホで検索した。

「あ。動画が上がってる・・・・え?鋸?」

 10秒ほど彼女は観てたんだけど。

「えっ!」

 これは、叫び?

「蓮見くん!どうして!?」

 僕が自転車を持ち上げているところがブレもせずに動画に撮られてた。

「どうして逃げなかったの!?」
「いや。僕が逃げたところで誰か他の人が襲われるかなって思って」

 あ。

 泣いてる・・・・・

「蓮見くん!それがあなたの素晴らしさだけど!・・・・・・今、ここで約束して!」

 縁美・・・・・・

「もう絶対に危ないことしないで!」

 これは怒鳴りでも叫びでもなくて。

 愛だろう。
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