ONE HUNDRED ELEVEN 小説はWEB?BOOK?どっち?

文字数 1,169文字

 トーク・ライブなるものに行ってみた。

 金曜の夜、縁美(えんみ)とふたりで。

蓮見(はすみ)くん。スピーカーがあるよ」

 僕の好きな小説家のトーク・ライブ、なのに、JBLのスピーカーが2台、彼を挟んで立っている。アンプはSANSUIの真空管、プレーヤーはPioneerだった。

「僕の小説をいつも読んでくださってありがとうございます。途中で僕の好きな曲も流させていただきます。だからトーク&ライブです」

 彼は僕の20歳ほど上で、僕は彼の小説を中学生の時から読み始めた。

 縁美と過ごした・・・というか縁美とニアミスし続けた3年間を僕は彼の小説と共に過ごした。

 その後の5年間も。

「ちょっとお聞きしますが・・・紙の本を家の本棚に置いておられる方」

 ほとんど、というか全員挙げた。僕と縁美以外。

「あなたのお家にはないんですか?」

 僕は答える。

「アパートが狭くて、本棚じゃなくて粒胡椒の瓶とオリーブオイルの瓶の間に並べてあるんです」
「何冊ですか?」
「15冊です」
「厳選ですね。僕の小説は?」
「5冊あります」
「ありがとうございます」

 彼の小説に対する考え方を述べてくれた。

「すべてが虚構の小説っていうのはありえないと思っています。だってそれじゃあ僕が書く意味がない」

「僕はこの10年間、人生を切り売りするような感覚で書いてきた。スライスしてるんです」

「文字列は連ねるんじゃなくて撃ち込むんです」

 僕の生きてきた感覚と重なる部分が多々あって、それからこういう話になった。

「さっきの男性と・・・おそらくはパートナーである女性が暮らす小さな部屋。そこには大掛かりな書架はないけれども、自在にその縮尺を調整できる2本の瓶があって。おそらくは彼と彼女の愛する本があって」

 それから直接質問されたんだ。

「彼氏さんに。スペースのために物理的な書架がないならばWEBの書架は?」

 心して答えよう。

「いく冊もフォローしてます」
「素晴らしい。彼女さんへ。彼氏さんの夢を叶えてあげたい?」
「はい。可動式の書架が部屋一杯の一室のあるアパートに。いつか」
「愛し合ってるんですね」

 縁美の答えを合図にするように彼はライブを始めた。

 アナログ・レコードをターンテーブルにセットする。

「多分、僕の一番好きな曲ですね。そして一番美しい曲。『好き』という言葉がこんなに愛おしいと感じられてインスピレーションをかき立てられる曲です」

 タイトルが告げられた。

「RCサクセションの『I Like You』です」

 足を組んで椅子に座る彼を挟むJBLのスピーカーに、ボッ、という針の落とされる音がして、曲が奏でられた。

 好き、ということを相手のココロをどこまでも真っ直ぐ伸ばすように歌う、愛の歌。

 演奏が終わって、彼が訊いた。

「お二人のことを小説に書いても?」

 縁美が隙間を開けずに流れるように答えた。

「嬉しい、です」
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