SIXTY-THREE アニメの主人公たちは恋人?夫婦?

文字数 1,160文字

 時々だけど眠れない夜がある。

 猫の鳴く夜とか。

 でもそれは猫の鳴き声で眠れないのではなくって、猫も眠れないような夜だってことなんだろう。

「ん・・・・・・」

 あ。
 縁美(えんみ)を起こしてしまった。

蓮見(はすみ)くん。眠れないの?」
「うん」
「何観てるの?」
「ずっと昔のアニメ」

 まさかこんな時間にこのアニメの再放送をやってるなんて思わなかった。

「わたしの知らないやつだ」
「あ。縁美、知らない?」
「うん。初めて観た。この女の子が主人公なの?」
「強いて主人公を特定するなら男の方だね」
「・・・・・・男の子は、浮気性なんだね」
「うん。ゲーム性が強いけどね」
「ふふ。蓮見くんと反対だ」
「僕は浮気しないって思ってる?」
「うん」
「そっか」

 こんな設定。

 高校生の主人公の男の子の家に、余りにも唐突に女の子が押しかけてくる。

 その女の子は異能の子で、様々な特殊能力を備えている。

 たとえばプールの飛び込みを曲芸のようにこなしたり。
 ローラースケートをまるでアスファルトのスレスレを跳ぶように滑ったり。
 雷を呼び寄せたり。
 空まで飛んだり。

「蓮見くん。このふたりの関係性がよく分からないよ」
「一応、夫婦、っていう設定なんだけど」
「その割には男の子は女の子から逃げようとばっかりしてるけど」
「きっと、好きなんだけど好きでいたらダメなんだって自分に呪文をかけてるんだよ」
「蓮見くん」
「うん」
「その言い方、完全に中二病だね」

 中二病、って言葉を久しぶりに聞いた。

 青いコンパクトサイズの液晶に、真夏の日差しがアニメの作画として映し出されて、うつ伏せで脚をぶらんぶらんともてあそびながら観る縁美の頬と瞳を美しく照らし出す。

「縁美。その顔」
「うん」
「水族館の青い照明に照らされてるみたい」
「蓮見くん。その言い回し、好き」

 スラップスティック、っていうのは主にアメリカあたりのナンセンスなコメディなんかを差す形容だって思ってたけど、このアニメにはそういう感覚を更に進化させた面白さがある。

 ドタバタがワクワクする気持ちと永遠にこの作品の中に閉じこもっていたいような気持とを与えてくれる。

「蓮見くん。わたし、このアニメが好きになっちゃった」
「わかるよ。僕も好き」
「なんていうか、夫婦、っていう設定があるから、どんなに破綻しそうなシュールな描写でもどこか安心して観ていられる」
「浮気ばっかりしてるのに?」
「蓮見くん、分かってないね」
「え」

 心外だ。
 僕はこのアニメと、そしてこの主人公のふたりを僕の世代の中の誰よりも理解してるって自負がある。

 けれども、縁美の答えで、僕はあっさりと敗北を認めた。

「この女の子はかわいいからっていうだけでファンから好かれてるんじゃないと思う。主人公の男の子を好きなこの女の子がみんな好きなんだと思う。主人公のふたりをワンセットで好きなの」




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