191 「胸がすうっ」と「胸いっぱい」ならどっち?

文字数 797文字

『胸がいっぱいなの』

 縁美(えんみ)が少女の頃に読んだ少女マンガのセリフでとても気に入っている主人公の言葉なんだと言う。

 縁美が少女マンガ?

 でも僕はとても納得するんだ。

「やあやあ蓮見(はすみ)どの縁美どの、お待たせ申した」
「ようよう皆さんご機嫌よう」
「・・・なぜ真直(まなお)どのがおるのさね」
「ま、まあまあ絵プロ鵜(えぷろう)ちゃん。この映画は老若男女みんなが感動するらしいから」
(それがし)が真直どのと同感覚で感動を共にすることなどないさね!」

 けれども全員感動した。

「いやー。なんていうかあれだね。爽快だったね!ねえ、蓮見さん?」
「・・・真直ちゃん、クライマックスシーンで前の席の人の背もたれ蹴ってたでしょ」
「いやー。ついつい感極まって!」
「・・・そ、某が真直どのと同じもので感動してしまうとは・・・ああ、もう一度人生をやり直すべきかね」
「え、絵プロ鵜ちゃん。それだけこの映画が素晴らしいってことだよ。ほんとに胸がすうってしたよね」

 縁美。

 僕はどうしても気になるよ。

「ねえ、縁美。どのシーンが一番良かった?」
「えっ・・・・・・」
「なんだか縁美だけ観てる時の表情が違ったような気がして」
「ふはっ。もちろんラストのクライマックスだよね、縁美さん」
「真直ちゃんはそうなの?」
「えっ・・・と・・・そうじゃないの?」
「わたしは・・・・・一番最初のシーン・・・・・・・」

 映画はバトルシーンもふんだんなファンタジー。

 でも縁美は冒頭の、主人公の母親が彼につぶやいたひとことが自分にとってはこの映画のすべてみたいに感じたんだと言った。

「『あなたは自分のやりたいことがそのまま周りのひとを幸せにするのよ。だってあなたが笑いたい時に笑ったその笑顔が・・・・・・わたしをこんなに幸せにするんだから』。わたし、このセリフを聞いただけで、それだけで・・・・・・」

 映画館のロビーの中のたくさんの人の前で縁美が泣いてる。

 微笑みを浮かべて。

「胸がいっぱいなの」
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