124 夜更かしと早起きならどちら?

文字数 1,102文字

 金曜の夜はなんとなく夜更かしになる。

 けれども僕は、そういう幸福な状態じゃない子のことを考えずにはいられなかった。

蓮見(はすみ)くん。眠れないんだって。寒くて」

 縁美(えんみ)の端的な表現が余計に僕を沈み込ませたんだ。

 虐待に遭う子の話なんだ。

 縁美のスーパーに、親、特に父親から虐待を受けていた女性の先輩が居て。
 その人は大人になって経済的に自立できたことを機に親元から逃げて、今は結婚してる。

「縁美さん。まあそりゃあ辛かったよ。夏でもね、寒いんだよね。夜」
「部屋の中がですか?」
「ベランダだよ」

 その田村さんは生まれてから大人になるまで布団で寝たことがなかったという。

 ベランダが彼女の居場所だったんだ。

「冬もそうだったから」
「冬も?」
「ベランダに、プラスチックでできた小さな物置があったんだ。シャッターもプラスチックでね」
「はい・・・・・・」
「子供だったから背中を丸めれば中におさまったの」
「・・・眠れたんですか」
「眠れないよ。寒くて」

 それから。

「寂しくて」

 縁美の田村さんへのインタビューはまだ続いたそうだ。

「田村さん。お子さんは?」
「いるよ」
「男の子ですか?女の子ですか?」
「男だよ」
「出産は?大変でした?」
「産んでないよ」
「えっ」
「子供がなかなか授からなくて。10年近く夫婦して不妊治療をやってたんだけど、ダメで。夫がね、こう言ったの」

 縁美はその後の言葉を聴いてすぐに走り出して泣き出したい気分になったそうだ。

「『君と同じ目に遭ってる子を』って。でね、養子をもらったのよ。その子も虐待されてた子でね」

 僕の父親は僕が養子縁組を検討してるって伝えたらこう言った。

「犬や猫じゃないんだぞ」

 その通りさ。

 でもじゃあ。

 実の子を犬や猫みたいにいじめてる親ってなんなんだろうね。

「蓮見くん」
「うん」
「養子を迎え入れるにしてもふたりや3人は無理だと思う。ひとりだけ」
「そうだよね」
「ねえ蓮見くん。もしわたしたちが迎える子も虐待を受けてる子だとしたらその子はなんとかして毎晩ぐっすり眠らせてあげたい」
「わかるよ」
「熟睡させてあげたい」
「うん」
「でも蓮見くん」
「うん」
「わたしたちが養子に迎え入れる子の、他の子たちは?」

 分かっているのに。

「もしかしたら、今もベランダの外で凍えているかもしれない。夜、寒くて寝付けなくて、朝冷えすぎた空気でやっぱり眠れないままに新しい一日を迎えてるかもしれない」

 それを新しい日と呼べるのか。

 太古の太陽が何度も何度も同じ角度、同じ高度で昇降してただ繰り返される惰性の日々。
 けれども緊張の日々。

 たったひとりの子のそれでも構わないから、僕と縁美はそれを終わらせることができるのかな?
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