174 横顔とうなじならどちら?

文字数 1,134文字

 5日間も普通列車にひたすら乗っていたのでさすがに縁美(えんみ)も疲れたみたいだ。

 眠ってる。

 2人掛けのシートの窓際の席、僕の隣で、長いスカートに仕舞い込んだ長い脚を体育座りみたいに抱えて、ストッキングのつま先をシートに置いて、顔は膝には埋めずに軽く頭を低くしたまま。

 寝息はレールの音で聞こえないけど。

 まつ毛が、すごく長い。

 ほとんど化粧もしないそのままなのに。

 ずっと見てしまう。

 撮ってしまおうか。

 怒られるかもしれないけど。

「う・・・・・・ふ・・・・・」

 びっくりした!

 僕の気配に気づいた訳じゃなくてやっとおでこを膝の太ももよりのあたりにくっつけて、また眠った。

 普段は髪に隠れて見えないけど、この態勢だと見えてしまう。

 彼女のうなじが、僕の至近距離にある。

 わざわざ眠ってる間に見る必要も別になくて、アパートでだったら僕はそれに触れることだってできるんだけど。

 横顔だって見つめるだけじゃなくて頬にキスすることだってできるんだけど。

 デートの時にしか遭えないふたりみたいに、僕は目に焼き付けようとした。

 いつか今日のことを思い出すかもしれないから。

 もしかしたらこの旅が僕らの大切な岐路なのかもしれないから。

 子供にも語ってやらなきゃならない。

 お母さん、綺麗だったんだよ、って。

 あ。

 だった、じゃダメか。昔から綺麗なんだよ、って。

 横長椅子じゃないから他のお客さんたちからは見えないだろう。

 やっぱり触れてみたい。

 今、すぐに。

「あれっ!?」
「あ・・・・・・・・起きた?」
「うん。何かヘン」
「な、何が・・・・・」
「わたしこんな前のページに(しおり)を挟んでなかったと思う」

 鋭い!

 縁美は自分のお尻の脇に読みかけで置いておいた文庫本の栞の位置を寝起きですぐに言い当てた。

 僕が左手で自分の体を支えようとした時に本を落としてしまって、栞も別のページに挟み込むしかなかったから。

 何のために左手で体を支えたかと言うと、右手で縁美に触れるため。

 最初、少し後ろ髪をかきあげてうなじに触れて、その後で左頬を右手だけで包み込むように撫でてあげた。

 あげた、なんて自分本意な言い方だな、撫でさせてもらった。

 そのあとで、(まぶた)に触れようとしたところで、彼女は起きた。

「怪しいなあ・・・何かした?」
「えっ・・・・・何ってなに」
「何ってなにってナニ?」
「な、何言ってんの・・・・な、何もしないよ」
「ほんとに?」
「う・・・・・・・・・ん」
「あやしいなあ・・・・別に何かされてもいいけど」
「何言ってんの」
「おやつ、食べようよ。何かない?」
「うなじパイなら」
「え?何パイ?」
「う、うなぎパイなら!」
「ああ。昨日デパートの物産展で買ったやつだね」

 決して縁美の肌がにゅるんとしてるわけじゃない。
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