第76話

文字数 740文字

「上島さん、何か言ってたんですか」

 リカコの前では、上島のことは呼び捨てにしない。それはつきあっていた当時から上茶谷が決めていたルールだった。リカコは頷く。

「上島くん、とうとう離婚が決まったんだってね。結婚期間は三年? 四年だっけ? 続かないだろうなあとは思っていたけれど彼にしては結構頑張ったほうじゃないの。結婚している間でも、カミちゃんの様子をたずねてきたりはしていたけど、離婚が決まったらもうあからさまだよね。月に二回も店に来たんだって? 本気モードでカミちゃんのことを取り戻しにかかってるなあ」

 そういって楽しそうに笑うリカコに上茶谷はため息しかでない。

「リカコさん、面白がってるでしょ」

「確かに面白いんだけど、仕事(ビジスネ)にも関わってくることだからただ面白がってるわけにもいかないのが残念」

「え?」

 上茶谷がリカコを見ると、彼女は苦笑しながら肩を竦めた。

「……話をする前にとりあえずタバコ吸ってもいい?」

 そういいながらもう、メンソールのタバコを鮮やかな紅に彩られた唇の間に挟んでいる。

「リカコさん、タバコやめたって言ってませんでしたっけ?」

 上茶谷が苦笑混じりにそういうとリカコも小さくため息をついて微笑む。

「ストレスが半端なくて。タバコがないとやってられないのよ」

 上茶谷はそっとリカコを見つめる。確かに目元あたりにすこし、疲れが滲んでいるようにもみえた。上茶谷より六つほど年上のリカコは、最初に勤めた美容室の先輩だ。出会った頃彼女は若手ながらその店ですでに人気実力ともにナンバーワンだった。一方で早くから上茶谷のセンスや技術、見た目からはわからない我慢強さや芯の強さも見抜いて、彼に目をかけるようになっていた。そして彼女が独立するときに上茶谷も引き抜いて現在に至っている。
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登場人物紹介

【主要キャラ】


・板野まりあ(いたのまりあ)31歳 保険会社勤務の会社員 天然系ですこしぼけているけれど、自炊して節約するしっかりモノ。



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