第131話
文字数 663文字
「別にお父さんでもいいわよ。同級生でパパになってる人、わりといるし」
上茶谷が笑いながらそう言うと、まりあも困ったように微笑んだ。
「すいません。本当にわたし大好きだったんです。父にこうして抱きしめて貰って、ウトウト眠りに入っていく感じが。でも……」
すっかり忘れていたはずの記憶が蘇ってきて、まりあは苦しげに眉を寄せた。普段は気づかない体のなかにはいったままの異物が古傷を疼かせているように、まりあは胸のあたりを押さえてしまう。上茶谷もまりあの様子が変わったのにすぐに気づいたようで、彼女の頭にそっと手のひらを載せた。
「お父さんと何かあったの?」
まりあ自身あんな些細なことが三十を過ぎた今でも、こうして心に響いてくることにびっくりしてしまう。そもそも今まであえて思い出したこともなかったくらいだ。
「いえ。全然大したことではないんですけど……」
まりあはゆっくりと息を吐いた。
「二十年以上前の話でわたしも忘れていたくらいだから」
まりあはどう説明したらいいかと、頭のなかで記憶をなぞる。
「うちはごく普通の家庭で。あ、いまでもごく普通だと思うんですけどね。昔一度だけ家庭内に波風みたいなものがたったことがあって」
まりあはぱちぱちと瞬きをするとその微かな緊張を感じ取ったように、上茶谷がそっと頭を撫でる。まりあはその感触にやっぱり目を細めてしまう。彼は優しい人だと思う。相手の気持ちをさり気なく察して、そっと寄りそってくれるこの感じは表面上のものではない。言葉にしなくても伝わってくる彼の優しさに応えるように、まりあは微笑んだ。
上茶谷が笑いながらそう言うと、まりあも困ったように微笑んだ。
「すいません。本当にわたし大好きだったんです。父にこうして抱きしめて貰って、ウトウト眠りに入っていく感じが。でも……」
すっかり忘れていたはずの記憶が蘇ってきて、まりあは苦しげに眉を寄せた。普段は気づかない体のなかにはいったままの異物が古傷を疼かせているように、まりあは胸のあたりを押さえてしまう。上茶谷もまりあの様子が変わったのにすぐに気づいたようで、彼女の頭にそっと手のひらを載せた。
「お父さんと何かあったの?」
まりあ自身あんな些細なことが三十を過ぎた今でも、こうして心に響いてくることにびっくりしてしまう。そもそも今まであえて思い出したこともなかったくらいだ。
「いえ。全然大したことではないんですけど……」
まりあはゆっくりと息を吐いた。
「二十年以上前の話でわたしも忘れていたくらいだから」
まりあはどう説明したらいいかと、頭のなかで記憶をなぞる。
「うちはごく普通の家庭で。あ、いまでもごく普通だと思うんですけどね。昔一度だけ家庭内に波風みたいなものがたったことがあって」
まりあはぱちぱちと瞬きをするとその微かな緊張を感じ取ったように、上茶谷がそっと頭を撫でる。まりあはその感触にやっぱり目を細めてしまう。彼は優しい人だと思う。相手の気持ちをさり気なく察して、そっと寄りそってくれるこの感じは表面上のものではない。言葉にしなくても伝わってくる彼の優しさに応えるように、まりあは微笑んだ。