第１４６話

「ごめん。余計なことを言った」

　いたわるような彼の表情をみて、上茶谷は理解する。けっして余計なことではなく、目を背けてはならない事実を彼は言っているのだということを。上茶谷はやるせない気持ちになる。掴まれた手を離そうとすると、すぐに上島が口を開いた。

「お前に嫉妬してほしくて、つい余計な話をしちゃった」

　子供みたいな目をしてそんなことを言う。これもまた上島のやり方で、わざとピントのずれたことを言って緊張した空気を緩ませるのだ。上茶谷はため息をついて表情を緩めた。

「……何を言ってるの。もうあなたのことで嫉妬なんかしないわよ」

「……きついこと言われ損だ」

　そう言ってわざとしょげた表情を浮かべてみせたから上茶谷もつい笑ってしまう。上島のことはやはり憎めない。彼も離婚したばかりで気持ちの整理がまだできていないのだ。心の傷からじわりと血を滲ませているのが透けて見える。そんな笑顔だった。

　上茶谷の感情の揺れがすこしづつ収まっていく。霧の中にあってよくみえないものを手探りでみつけるようにゆっくりと言葉を紡ぐ。

「蒼佑の言っていることは、……とても切実で、大事なことだって私もわかってるわ。まりあとは一線をきちんとひいて友だちとして傍にいるのが、多分正解なんだってこともね。……そうしようと思ったのにうまくできなくて」

　上茶谷は悲しげに微笑む。そこからまた言葉をうまく掬い上げることができない。上島も急かすこともなく待っている。今、上茶谷が感じている事をできるだけ、ありのまま伝えようと考える。まりあに触れると、柔らかで温かい優しいものが上茶谷に一気に流れ込んで彼を満たす。きっかけがあれば性的(セクシャル)なものに繋がるのか種類が違うものなのか。上茶谷にもわからない。でもひとつ、確かなこと。

「それでも私は……」