第141話

文字数 731文字

「大悟にそこまで言わせるなんてなあ。どんな魔法を使ったのか、まりあちゃんに教えてほしいね」

「……どうしてなのかしらね。今まで生きてきて、まりあ以外の女の子に、こんなふうに感じたことなんて、なかったのに」

 上茶谷が静かにそう呟く。空になった紙のコーヒーカップを弄んでいた上島が、視線をあげた。

「まりあちゃんはお前にとって、とても貴重な存在ということはわかるよ」

 上茶谷も顔をあげると、上島はにこりと微笑んでみせた。

「で、どうしたいの。まりあちゃんと」

「……どう、と言われても。特にどうしたいとか考えてないわ」

 考えてない、というより考えられないというほうが正しいかもしれない。けれどその後は、ふたりして黙ったから、自然と沈黙が落ちる。上茶谷は座っているソファからフロア全体を見渡す。

 ゆったりとした木目調の板張りのフロアには、箱型の白い机や、人間工学に基づいた椅子などがバランスよく配置されている。上茶谷たちが座っている、固めのこのソファと、心地のよい踏み心地の円形ジュータンだけが、新緑のような鮮やかなグリーンで目を惹かれる。シンプルで心地よく、それでいて印象的な空間。

 こういうインテリアや空間への(こだわ)り方が、いかにも上島らしく、そして上茶谷と共通しているところだ。価値観や感性が正反対のところと、似たところと。それらが複雑に組み合わさっているのが上島だ。だからこそ上茶谷は彼に惹きつけられたのだと思う。

 けれどまりあに惹かれているのは、価値観や感性の問題ではない気がする。上茶谷は静かに思考を巡らせる。もっと根源的なもの。一緒にいるとただ安らぐ。言葉もいらない。
 
 その時だった。上島の静かな声が、上茶谷の物思いを遮った。

「俺の離婚した理由、話してもいい?」

 
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登場人物紹介

【主要キャラ】


・板野まりあ(いたのまりあ)31歳 保険会社勤務の会社員 天然系ですこしぼけているけれど、自炊して節約するしっかりモノ。



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