第3話

文字数 877文字

(俺じゃなくていいってどういうこと? 自分の心変わりを正当化しないで)

 そう言いたかった。だけど咄嗟に言葉がでない。いつも肝心な時になるとまりあは言葉がでなくなる。正人はそんなまりあを見てもう一度ごめん、とだけ言って部屋から出ていった。あれから季節がぐるっとまわって三十一歳の誕生日を迎えた。誕生日なのに部屋にひとり。それでも想像したよりも悲しくない。どこか清々しい域に達している。そう思ってまりあはふふと笑う。

 正人と別れてこのアパートに落ち着いた時、これからの生き方を決めようと考えた。婚活に気合いをいれるか。一人でこの世知辛い世の中を生き延びていくか。まりあは迷いなく後者を選んだ。もう結婚しなくていいと決めたわけじゃない。淡白なまりあでもいいといってくれる人がこれから現れる可能性はあるし、三十一歳で婚活している人は山ほどいる。友達だってそうだ。ただこれまでの経験がボディーブローのように効いていて、誰かと恋愛して結婚し一緒に住むという過程(プロセス)をうまく経る自信が持てなくなっていた。

 それならば。一人でしっかり生きていくつもりでいたほうがいい。幸い結婚資金として貯めていた貯金もそこそこあった。勤めている保険会社はお給料も悪くないから、会社が潰れなければ定年まで働いて、自分一人が生きていくくらいのお金は稼げるだろう。そうしてもう少し貯金ができたら小さいなりにマンションでも買う。そう目標を決めたらスッキリした。

 一LDKの古いアパートの部屋は、駅近のわりに家賃が安かったから即決した。家具は必要最低限のものしか置かずシンプルに。基本は節約。余計な物は極力買わない持ち込まない。それを信条としてこの一年やってきた。

 けれど使い古したローテーブルの上には、不釣り合いにみえる華やかなケーキがホールで一台載っている。折角の誕生日。気分を上げるためにケーキだけは豪華なものを、と会社近くの有名店で大枚五千円をはたいて買ってきたのだ。誕生日限定の贅沢。節約したお金でたまにする贅沢や息抜きは一人暮らしの癒しだし、とまりあは自分に言い聞かせるように呟いて頷く。
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登場人物紹介

【主要キャラ】


・板野まりあ(いたのまりあ)31歳 保険会社勤務の会社員 天然系ですこしぼけているけれど、自炊して節約するしっかりモノ。



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