第177話

文字数 663文字

 そう呟いた上島の横顔を、まりあは穴があくほど強く見つめる。点と点が結ばれて線になったような気がした。新事業というのは上島と一緒にするのだろう。前に上島とアパートの前で会ったとき、上茶谷は仕事の話で彼はここにきたと言っていた。引っ越すのも彼と一緒に住むのかもしれない。それらが意味するのは、上島とヨリを戻すということ。まりあとの電話やメッセージのやり取りが減っていたのも合点がいく。

 心を沸騰させていた熱が冷えていき、しんとしていく。泣きたくなるような気持ちが次第に震える様な笑いにかわり、まりあはぎこちないものの上茶谷に向かって微笑んでみせた。

「あ、そうなんです、ね。上島さんと仕事もプライベートもこれから一緒に……。それは……邪魔できないな。我儘言ってすいません」

 笑顔でそう言っているはずなのに声が震えて、言葉が途切れ途切れになってしまう。

「まりあちゃん、ちょっ……」

 まりあを見つめていた上島が何かを言いかけた時、それを制するように上茶谷が彼に視線を投げかけ首を軽く振る。それからまりあに向き直った。

「こちらこそ急に引っ越すなんて話をしてびっくりさせたわよね。ごめんなさい」

「そうですね。びっくりして動揺しちゃいました。いつ……いつ引っ越すんですか?」

 あえて明るい口調でそうたずねると、上茶谷はほんの少し間を開けてから答えた。

「再来週の火曜日に」

「そんなに早く……」

 まりあは小さくため息をついてしまう。

「……えっと、引っ越しのお手伝いをしますよ。会社も休みをとれると思うし」

 上茶谷は微笑みながら小さく首を振った。

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

【主要キャラ】


・板野まりあ(いたのまりあ)31歳 保険会社勤務の会社員 天然系ですこしぼけているけれど、自炊して節約するしっかりモノ。



ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み