第261話

文字数 578文字

 上茶谷は目を細めてからかうように微笑む。

「またまりあが走って逃げたら困るから。もう走りたくないし」

「……逃げないですよ。それに帰るなら銀座一丁目駅からいくのがベストだと思うんですけど、こっち逆です」

 もしかしたら方向を間違えているのかもしれないと真面目な顔をしてそう訴えるまりあを見て、思わずというふうに上茶谷が破顔した。

「大丈夫、ちゃんとわかって歩いているから」

「それなら一体どこに……」

 上茶谷はそれ以上は答えず、まりあの手を引いて大通りからみゆき通りに入っていく。昭和風な佇まいを残しながら、近未来的造形のビルも違和感なく混在しているこの通りを上茶谷と手を繋いで黙って歩いていたら、違う世界に迷い込んでしまった気分になる。

 彼の手のひらから伝わってくる熱。その優しいぬくもりはよく知っているはずなのに、以前とは何かが微妙に違う気がする。痺れる。その熱を逃すように、上茶谷の指をきゅっと握ると握り返されて。やっぱり夢の中にいるみたいだと思いながらネオンが滲む夜の街を歩いていく。

 上茶谷から手を離されてまりあが我に返ると、いつの間にかブラウン系のシックな外観をしたビルの前に立っていた。

「ここは……?」

 まりあの問いかけに上茶谷はさらりと答えた。

「ホテル」

「ホ、ホテル?!」

 素っ頓狂な声が通りに響いたのに自分で驚いて、まりあは慌てて口を手で塞いだ。
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登場人物紹介

【主要キャラ】


・板野まりあ(いたのまりあ)31歳 保険会社勤務の会社員 天然系ですこしぼけているけれど、自炊して節約するしっかりモノ。



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