第56話
文字数 763文字
さすがにあの場のおかしな空気をまりあも感じただろう。同性同士の恋愛について寛容になってきているとはいえ、ごくノーマルな世界に生きているまりあからみれば、異質なものにみえたかもしれない。それでもあの後彼女とやり取りしていても、垣根を感じることはなかった。飾らない自分のままでいられる。そんな無垢な人との関わりを、まだ会って間もない赤の他人、しかも女性と持つなんてこれまでなかった。そんな上茶谷の変化を上島はあの夜、すでに敏感に感じ取っていたのだろう。
『大悟、あの娘 のことが好きなんだな』
まりあが部屋に戻った後上島が事も無げにそう言ってきた。さりげなくけれどずばりと核心に触れてくるのはいつもの上島のやり方だった。
『そうね。まりあのこと好きよ。一緒にいて楽しいし』
上茶谷も上島と同じ温度でシレッとそう答えると上島はふうんといって苦笑した。
『珍しいな。大悟が女の子と仲良くなるなんて』
『話してて楽しいって感覚は、男とか女とか関係ないわね』
熱湯が醒めた後のような静かな瞳で上島が見つめてきた。こういう時の彼はひどく冷静に、なにか先のことを考えている。そのことを上茶谷はよく知っていた。しばらくして上島はにっこり微笑んだ。この重い空気を断ち切るように、とりあえず俺帰るわと明るく言っておやきの袋を上茶谷に寄越すと、一言囁くように呟いた。
『ちんちくりんちゃんにも、よろしく』
そう言って背中をむけた上島にホッとしたような、それでいて釈然としないなにかを感じて階段を降りて行く姿を見送ったのだった。
気がつくと、身体は駅の出口から外にでていて、いつものアパートへの道のりを歩いていた。夜の八時すぎ。普段よりは帰宅時間が早い。視線を前にむけると前方五十メートルくらい先に、見覚えのある小さな背中を見つけた。上茶谷の口元がおもわず緩む。
『大悟、あの
まりあが部屋に戻った後上島が事も無げにそう言ってきた。さりげなくけれどずばりと核心に触れてくるのはいつもの上島のやり方だった。
『そうね。まりあのこと好きよ。一緒にいて楽しいし』
上茶谷も上島と同じ温度でシレッとそう答えると上島はふうんといって苦笑した。
『珍しいな。大悟が女の子と仲良くなるなんて』
『話してて楽しいって感覚は、男とか女とか関係ないわね』
熱湯が醒めた後のような静かな瞳で上島が見つめてきた。こういう時の彼はひどく冷静に、なにか先のことを考えている。そのことを上茶谷はよく知っていた。しばらくして上島はにっこり微笑んだ。この重い空気を断ち切るように、とりあえず俺帰るわと明るく言っておやきの袋を上茶谷に寄越すと、一言囁くように呟いた。
『ちんちくりんちゃんにも、よろしく』
そう言って背中をむけた上島にホッとしたような、それでいて釈然としないなにかを感じて階段を降りて行く姿を見送ったのだった。
気がつくと、身体は駅の出口から外にでていて、いつものアパートへの道のりを歩いていた。夜の八時すぎ。普段よりは帰宅時間が早い。視線を前にむけると前方五十メートルくらい先に、見覚えのある小さな背中を見つけた。上茶谷の口元がおもわず緩む。