第207話

文字数 774文字

「……ナナちゃんから聞いたんだ……そう……会って話を……。うん、坂口くんの言うとおり……」

 上茶谷は足を押さえられてしまったように動けなくなる。まりあ以外の声は聞こえないから、電話で話をしているらしい。どうして部屋に入らずに外で話をしているのか。そこを通らなければ上茶谷は自分の部屋に入れない。

「うん。……そうだよね。でも……」

 まりあの電話は終わる様子がない。コソコソ聞き耳をたてていると思われても困る。あえていつもより音を響かせて上茶谷がニ階に上がると、話し声がピタッと止まった。階段をのぼりきると、予想どおりまりあが目を大きく見開いて上茶谷を見つめた。

「あ! ……うん、そうなの。ごめんね。それじゃ……」

 慌てた様子で電話を切ると、まりあはどこか真面目な顔をして上茶谷にぺこりと頭を下げた。

「あ、あの。ダイゴさん、こんばんわ」

 相変わらずのちょっとずれた不思議な間合い。確かにまりあだとしみじみ感じられて、上茶谷の口元は勝手にほころんでしまう。

「こんばんわ、まりあ」

 上茶谷も頭をさげて微笑んだ。

「なんで部屋の外で電話をしているの? 防犯上よくないわよ」

 上茶谷は穏やかにそう叱るとまりあは困ったように笑った。

「あの、そろそろ入ろうかなって思ったんですよ? だけど丁度電話がかかってきて、ついそのまま話してしまって」

 漏れ聞こえた会話から判断すると相手は坂口だろう。部屋に入るのももどかしいくらい、夢中で会話をしていたのだろうか。そう思うと微かに苦いものが喉のあたりに広がって上茶谷は小さくため息をついた。

「……もう遅いから早く入りなさい。それじゃあまたね。おやすみなさい」

 できるだけ感情の起伏を感じさせないようにあっさりそう言うと、上茶谷はまりあの横をすり抜けて自分の部屋へ歩きだそうとした。その時だった。まりあに手首を強く掴まれたのは。
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登場人物紹介

【主要キャラ】


・板野まりあ(いたのまりあ)31歳 保険会社勤務の会社員 天然系ですこしぼけているけれど、自炊して節約するしっかりモノ。



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