第169話

文字数 695文字

「できました。こんな感じでどうですか?」

 サイドをツーブロックまでいかない程度に短くし、トップをヘアワックスで軽く遊ばせたスタイルはビジネスシーンでも問題なく、かつ坂口の持つ精悍さをより引きたてていた。後ろが見えるように鏡を背後からも当て見せると、坂口はにやりと笑った。

「……やっぱり上手いですね。ビミョーな坊ちゃん刈りとかにされるかもって覚悟してたんですけど」

「そんな事をする訳ないでしょう」

 上茶谷が苦笑しながらツッコミをいれると、ふたりの間にあった空気がなんとはなしに緩む。上茶谷は坂口に掛けていたケープを外しながらさりげなく切り出す。

「坂口さん、さきほど何かを言いかけていらっしゃいませんでしたか?」

「……そうでしたっけ?」

 鏡越しに目を合わせても話を逸らそうとした坂口に、首を振ってみせた。

「……いいですよ。はっきり言ってもらって。大丈夫です」

 上茶谷は真っ直ぐ彼をみつめる。坂口は眩しそうに目を細めて見つめ返した。それからため息をひとつついて微笑んだ。

「俺、こないだ飲んだときに、……まりあさんを泣かせてしまったんです」

「え?」

 上茶谷はまじまじと坂口を見つめた。まりあの事が好きで仕方ないというオーラをわかりやすく出しているこの男がどうして? と厳しい瞳を向けると坂口は慌てて首を振った。

「いやもちろん、泣かせるつもりなんて全くありませんでした。まりあさんも自分が泣いているのに気づいてなかったくらいで」

「まりあも気づいてなかったって……。坂口さん、一体彼女に何を言ったんです?」

「……それは」

 一瞬口ごもったあと、彼は心を決めたように顔をあげて、真っ直ぐ上茶谷を見つめた。
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登場人物紹介

【主要キャラ】


・板野まりあ(いたのまりあ)31歳 保険会社勤務の会社員 天然系ですこしぼけているけれど、自炊して節約するしっかりモノ。



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