第195話

文字数 636文字

 いきなり上茶谷の名前がでてきたこと。それに加えて当たり前ではあるけれど、彼もこの車に乗ってふたりで出かけているという事実。分かっていたはずの現実を突きつけられて、風船に穴があけられてしまったように、まりあのなかにあった勢いがぷしゅーと抜けていくのを感じた。

「そ、そうなんですね」

 ようやくそれだけ言って口を噤む。まりあをちらりと横目でみた上島が微笑んだ。

「とりあえず腹減ったし、飯たべながら話そうか。店は俺に任せてもらっていい?」

「はい。お願いします」

 まりあはそれだけ言うと車窓へと視線を流す。なぜ自分がこんな場違いな場所にいるのか。あれこれ考えて落ち込まないように景色に集中する。
まりあの纏う空気が変わったのを察知したのか、上島も先程のようなノリで話しかけてくることはなかった。感情の機微にも(さと)いのだろう。人の心を微振動させるように揺らしてくる。それでいて密室空間で沈黙していても嫌な空気にならない。ほんの少しの腹立たしさを感じながら、不思議な人だともまりあは思う。

 車はいつの間にか高層ビルの地下にもぐり、螺旋状のスロープをいくつもまわった先に広がる駐車スペースで停止した。

「うちの会社近くにある小さな和食の店なんだけどね。落ち着いて話せて融通きくし。そこでいい?」

「はい。お任せします」

 上島は愛想よく頷いて外に出る。まりあも車から出ようとするけれど、乗りなれない外車でドアの開け方に戸惑う。あれ? あれ? といいながらレバーを引くけれどなかなかうまくいかない。
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登場人物紹介

【主要キャラ】


・板野まりあ(いたのまりあ)31歳 保険会社勤務の会社員 天然系ですこしぼけているけれど、自炊して節約するしっかりモノ。



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