第94話

文字数 718文字

「付き合っていた時も、仕事のことしか考えないで大悟のことを振り回してたよな。お前が何も言わないのをいいことに、勝手に別れを切り出して打算で陽菜(ひな)と結婚した。それでも結局うまくいかずに離婚。そうしてまた大悟を引っ張り回してる。どう考えても俺が悪いだろ」

 そう言って力のない笑みを浮かべる上島を見つめた。

「……珍しく自虐?」

 少し湿ってしまった空気を変えようと、上茶谷はあえてからかうようにそういう。上島はいつも自信過剰なくらいだったから、そんな彼を見ると落ち着かなくなるのもあった。上島も口元を歪めるように苦笑する。

「仕事は面白いんだよ。事業規模がでかくなって扱う金の桁があがって、社会への影響力も大きくなっていく。そうなると、アドレナリンっていうの? そういうのが出っ放しになって、徹夜が続いても苦にならない。夢中になってしまう。でもさ……ふとした瞬間、我にかえるんだ」

 対向車線を走る車のライトに、目を細めた上島が、小さく呟いた。

「あれ。俺、なんのためにこんなに働いてるんだっけって」

 上茶谷は答えずただ語り続ける人の言葉に耳を傾ける。

「いい車を買って、タワマンの最上階に住めて、綺麗で育ちのいい嫁さんをもらっても心に響いてこない。そうして刺激には事欠かない仕事(ゲーム)に戻るだけなんだなって」

「それは蒼佑が望んだことでしょ?」

 あえて上茶谷はさらりとした口調で言い切る。どこか悔恨をにじませる上島の空気に飲まれたくなかった。上島も苦笑しながら頷く。

「その通り。俺が望んだことだよ。でも……だからこそ気づくことができたんだと思う」

 上島の声のトーンが、わずかに変わった。この先を聞いたら、なにかが動き出してしまいそうな予感が上茶谷の背中を走る。
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登場人物紹介

【主要キャラ】


・板野まりあ(いたのまりあ)31歳 保険会社勤務の会社員 天然系ですこしぼけているけれど、自炊して節約するしっかりモノ。



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