第39話

文字数 785文字

 上茶谷の言葉に、まりあは嬉しそうによかったと微笑んだ。

「ゆっくり食べてくださいね。いまお茶淹れます」

 よいしょなんて掛け声をかけつつ身軽に立ち上がり、台所に向かうまりあの小さな背中を見つめる。そうしていたら上茶谷の内側からまた、なんともいえない可笑しさの泡がプツプツ湧いてきた。先程までかなり気が滅入っていた。傍からみたらこの世を儚んで、身投げしそうな悲壮感すら漂っていたかもしれない。それがまりあとうどんを啜っていたら、いつの間にか上島のことも自己嫌悪も忘れていた。今は深刻な顔をしていた自分がバカみたいに感じられる。

 そう思ったら可笑しさの泡が弾けて喉元から溢れてくる。上茶谷は我慢できなくなりつい声にだして笑ってしまった。視線を感じて顔をあげると、お盆にマグカップふたつを載せたまりあが、なにか見てはいけないものでも目撃してしまったように上茶谷を凝視していた。

「……ダイゴさん、大丈夫ですか?」

 恐る恐る声をかけてきたまりあに、余計可笑しくなって上茶谷は笑いながら何度も頷く。

「大丈夫大丈夫。なんだか急に笑いが止まらなくなっちゃって」

 その言葉を聞いたまりあの表情がゆっくりと楽しげなものに変わっていく。

「……いくら美形イケメンでも、ひとりで笑っている図はやっぱり怖いですよ?」

 さきほどの上茶谷が言った言葉への仕返しだとすぐわかり苦笑が混じる。

「……ハイハイ。さっきはひとりで笑っているまりあのこと、ホラーとか言って悪かったわよ」

 上茶谷のひとり笑いなんてだいたいにおいてまりあが絡んでいるのだけれど、それはあえて言わないことにした。とにかく笑いを収めてまたうどんを啜り始める。まりあはマグカップをテーブルに置いて、ぺたりと座り込みながらしみじみとした口調で呟いた。

「でもよかった」

 うどんを食べながら上茶谷が視線をあげると、ニコニコしているまりあと目があう。
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登場人物紹介

【主要キャラ】


・板野まりあ(いたのまりあ)31歳 保険会社勤務の会社員 天然系ですこしぼけているけれど、自炊して節約するしっかりモノ。



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