第85話
文字数 873文字
夕方に帰ってくるはずの坂口がそこいた。しかも手にはもう半分になってしまったまりあのドーナツ。もぐもぐと口を動かして真面目な顔をして食べている。
「ああっ! 私のドーナツ!」
食いしん坊のまりあは、坂口がいきなりそこにいたという事実よりも、ドーナツを取られたことに反応して叫んでしまう。
「この ドーナツ、マジうまいっすよね。ごちそうさまです」
しれっとそういう坂口をまりあは睨んでしまう。
「ひどいよひどいよ。並ばないと買えないんだよ、このドーナツ! マルソウの担当者さんが、わざわざ買ってきてくれたのに! 食べるの楽しみにしていたのに!」
まりあが子供のように文句を並べてみせても、大してすまなそうな表情もみせず、坂口は頭を下げた。
「すいません。横取りして」
「そうだよ! 大人なのに横取りとかしちゃだめだよ! しかも坂口くんは自分のぶん、ちゃんと食べたんでしょ?」
「あれ、どうだったかな」
真顔でとぼける坂口に、まりあはあ?! と批難の声をあげるけれど、彼はやっぱり動じない。
「じゃあ、これ返します」
自分の手から、まりあに残りのドーナツを直接食べさせようとする坂口に、口を尖らせて首を振る。
「食べかけを返されても。……もういいよ。坂口くんたべてよ」
本気で拗ねてそういっても坂口は引き下がらない。さらにまりあの口元にドーナツを近づける。
「洗った手でドーナツを割ったし、口はつけてないし、全く問題無いですよ?」
「あのねー! そーゆー問題じゃないから。そもそも坂口くんに食べさせて貰うとか、誰かに見られたら何を言われるか……」
坂口は振り返って給湯室の出入口をちらりと見てから早口で言う。
「ごちゃごちゃ言ってる間に誰か来ますから! ほら早く!」
まりあの方が被害者なのになぜか強気で急かされ勢いに押されてしまう。仕方なく口元に差し出されたドーナツをそっと齧ってみた。生地の優しい甘みと、コーティングされているカカオの香り高いチョコのハーモニーが舌の上に広がって、目を細めた。上品なこの甘味はイラついたまりあの心を無条件に宥めてしまう。
「あ、美味しい」
「ああっ! 私のドーナツ!」
食いしん坊のまりあは、坂口がいきなりそこにいたという事実よりも、ドーナツを取られたことに反応して叫んでしまう。
「この ドーナツ、マジうまいっすよね。ごちそうさまです」
しれっとそういう坂口をまりあは睨んでしまう。
「ひどいよひどいよ。並ばないと買えないんだよ、このドーナツ! マルソウの担当者さんが、わざわざ買ってきてくれたのに! 食べるの楽しみにしていたのに!」
まりあが子供のように文句を並べてみせても、大してすまなそうな表情もみせず、坂口は頭を下げた。
「すいません。横取りして」
「そうだよ! 大人なのに横取りとかしちゃだめだよ! しかも坂口くんは自分のぶん、ちゃんと食べたんでしょ?」
「あれ、どうだったかな」
真顔でとぼける坂口に、まりあはあ?! と批難の声をあげるけれど、彼はやっぱり動じない。
「じゃあ、これ返します」
自分の手から、まりあに残りのドーナツを直接食べさせようとする坂口に、口を尖らせて首を振る。
「食べかけを返されても。……もういいよ。坂口くんたべてよ」
本気で拗ねてそういっても坂口は引き下がらない。さらにまりあの口元にドーナツを近づける。
「洗った手でドーナツを割ったし、口はつけてないし、全く問題無いですよ?」
「あのねー! そーゆー問題じゃないから。そもそも坂口くんに食べさせて貰うとか、誰かに見られたら何を言われるか……」
坂口は振り返って給湯室の出入口をちらりと見てから早口で言う。
「ごちゃごちゃ言ってる間に誰か来ますから! ほら早く!」
まりあの方が被害者なのになぜか強気で急かされ勢いに押されてしまう。仕方なく口元に差し出されたドーナツをそっと齧ってみた。生地の優しい甘みと、コーティングされているカカオの香り高いチョコのハーモニーが舌の上に広がって、目を細めた。上品なこの甘味はイラついたまりあの心を無条件に宥めてしまう。
「あ、美味しい」