第255話

文字数 611文字

 上茶谷は上島を押しのけて転んだまりあの元に駆け寄った。

「まりあ、大丈夫? 怪我はなかった?」

 そういって隣にしゃがみこむ。彼女は上茶谷の方は見ずに転がった植木鉢に手を伸ばした。

「すいません。わたしは全然大丈夫なんですけど、植木鉢が……」

 まりあは倒れて床にこぼれた土を素手ですくって鉢に戻しはじめたから、上茶谷は首を振る。

「気にしなくていいの。まりあの手が汚れてしまうわ」

 上茶谷がそう言っても彼女は作業をやめない。そして大きくかぶりをふる。

「だめですよ。ちゃんと戻してあげないと……かわいそうだから」

 もうカーペットの上には少ししか落ちていない土や肥料を、一粒残さず拾おうとしているまりあの手首を上茶谷がそっと掴む。

「本当にもう大丈夫だから。ありがとう」

 ようやく彼女が動きを止めた。うつむいていた顔をゆっくりあげる。目が合った上茶谷は息をのんだ。まりあの瞳、その縁から水滴があふれ、透明な雫が頬を静かにすべりおちていく。まるでスローモーション映像のようなそれが、上茶谷の網膜に焼き付き一瞬動けなくなる。まりあは慌てて手の甲で涙を拭い一生懸命という感じに笑ってみせた。

「あ、あの。ごめんなさい! わたし、これから用事があるのをすっかり忘れて食事に行こうなんて誘ってしまって。ダイゴさんには申し訳ないんですが、食事は……上島さんと行ってくださいませんか?」

 まりあの言葉にハッと我にかえって、上茶谷も慌てて言葉を繋ぐ。

 
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登場人物紹介

【主要キャラ】


・板野まりあ(いたのまりあ)31歳 保険会社勤務の会社員 天然系ですこしぼけているけれど、自炊して節約するしっかりモノ。



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