第10話

文字数 943文字

「あなた、このあとケーキを捨てようと思ったでしょ。そんなのケーキが可哀想じゃない。パティシエが心血注いで一生懸命作ったのに、たかがGがちょっとのっかったくらいで捨てるなんてダメよ」

(いや、ちょっとのっかったなんてモノじゃなく、ずっぽりハマったんだけど……)

 そう思いながら彼の顔を見つめる。まりあはなんだかおばあちゃんに諭されている気分になってくる。確かにケーキに嵌ったGをすぐに弾き飛ばしたから、その部分を取り除けば食べられる。いや、食べるべきなのかもしれないと気持ちも傾き始める。

 そもそもこの人がドアの前に立っていたのも、まりあが絶叫しているのを心配して様子を見に来たのだ。顔に似合わず世話好きなのかもしれない。まりあはまじまじとその綺麗な顔を見つめた。ぼんやりとしているまりあをみて、躊躇っていると思ったのかもしれない。彼がさらに言葉を続けた。

「とりあえずケーキ、半分もってきなさいよ。私も食べれば、食べようって思えるでしょ? Gケーキであなたの誕生日、私も祝ってあげる」

「……Gケーキ食べますか?」

 再確認するようにそういうと彼は真面目な顔をしてしっかり頷いた。

「食べるわよ。人に食べろって言っておいて自分が食べないのはズルイじゃない。あ、ちゃんとGがハマったところは捨ててよ」

 鼻の頭にシワを寄せて彼は小さく微笑んだ。そうして笑うと綺麗すぎて近づきがたい人が、どこか親しみやすい雰囲気になった。その笑顔が決定打になってまりあの肚も決まった。

「わかりました。じゃあ、うちに来て食べてください。コーヒーいれますよ」

 まりあが大きくドアをあけて彼を招きいれようとすると、ダメダメと後ろから声が追いかけてきたから振り返る。今度は難しい顔をした彼が大きくため息をついた。

「あなたね。今日知り合った男をいきなり部屋にいれちゃだめよ。尻軽だと思われるわよ」

 やっぱり男の人だったんだとぼんやり考えたあと、ハッとしてぶんぶんと首を振った。

「いやいやいやいや。だってあなたがケーキを食べるっていうから!」

 まりあが口を尖らせて文句をいうと彼は苦笑した。

「部屋にははいらないわよ。ケーキは切り分けてもってきてくればいいじゃない。持って帰って捨てたりするような姑息な真似はしないから心配しないで」
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登場人物紹介

【主要キャラ】


・板野まりあ(いたのまりあ)31歳 保険会社勤務の会社員 天然系ですこしぼけているけれど、自炊して節約するしっかりモノ。



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