第１３４話

「だから……触られるのイヤだったの？」

「え？」

　まりあが顔をあげると、澄んだ湖面のような瞳をした上茶谷がそっと微笑んだ。

「お父さんのことがあったから、彼氏に触れられるのがいやだったのかしらって」

　上茶谷に指摘されて、まりあはようやく気づいた。自分ではそんなことを考えもしなかった。

「……いままで、そんなふうに

あの

ことと、彼に触られて冷めていく

あの

感覚をリンクさせて考えたことがなかったです。そもそも忘れていてダイゴさん以外の人に話をしたことなかったし」

　そう言いながらも、なにかすとんと腑に落ちたような感覚がまりあの中を走った。もし父のことがなかったら。男性に対して壁をつくってしまうことはなかったのかもしれない。そして彼氏に浮気されても、どこか仕方ないとすんなり受け入れてしまうのもそれが原因なのかもしれないと思い当たる。

「人それぞれ感受性も違うし痛みの捉え方も違うわ。傍から見たらささやかに見えてしまうことであったとしても、心に刺さってずっとひきずってしまうことだってあるからね」

　上茶谷を見上げると、彼は労るような優しい瞳でまりあを見つめていた。彼の手をギュッと握るといつもの優しい瞳で頷いて笑った。

「……ちなみにうちの父親はあれやこれや、わけのわからない事業に手を出して、借金ばかりつくる典型的な髪結いの亭主でね。家や土地がとられそうになった時も、いつかそうなるだろうと思っていたから絶望なんてしなかったけれど、心底呆れたわね。本当に懲りない男だなって」

「そうだったんですか」

　まりあが目を丸くしてそうつぶやくと、上茶谷は乾いた笑いを浮かべて頷いた。