第217話
文字数 705文字
そう言って頭を下げた坂口は仕事の時のように礼儀正しい。けれどいつもの彼とは何かが微妙に違う。どこか緊張しているような気配が静電気のようにピリピリとつたわってきて、まりあは小さく口を開けたまま固まってしまう。
「とりあえず坂口さんも入れば? まりあにもついさっき言ったけど、入口で立ち話じゃ落ち着かないし暑いから」
上茶谷がふたりの間で固まってしまった空気を動かすように坂口にそう話しかける。まりあが部屋にきたのはついさきほどだと、さりげなく匂わせた上茶谷の言葉に坂口は心をすこし緩めたように微笑んだ。
「ありがとうございます。じゃあ遠慮なくお邪魔します」
部屋にはいってきた坂口が上茶谷の部屋を見回して言った。
「……やっぱり上茶谷さんて隙がないよな。部屋も綺麗だし」
坂口に麦茶のグラスを差し出しながら上茶谷が彼の言葉に眉を軽く寄せて笑う。
「あなた、それってほめてるの? 今引っ越しをする準備をしているから散らかってるでしょ」
「俺の部屋に比べたらめちゃくちゃ綺麗ですからほめているつもりです。……引っ越しをされるんですね」
「仕事も忙しくなりそうだから職場の近くにね」
「青山じゃなくなるんですか?」
「新しく仕事を始めることになってね。事務所が銀座になるの」
そこまで聞いたところで、坂口はなにかを問いかけるような視線を上茶谷に向けた。
「なに? 何か問題でも?」
上茶谷がその視線に気づいて苦笑を浮かべて問いかけると、坂口は首を振ってニヤリと笑った。
「いいえ別に。問題なんてありません」
目の前でそんなふたりのやり取りを見ていたまりあは目を白黒させる。彼らはアパートの前で一回会って、挨拶した程度の間柄だったはずだ。
「とりあえず坂口さんも入れば? まりあにもついさっき言ったけど、入口で立ち話じゃ落ち着かないし暑いから」
上茶谷がふたりの間で固まってしまった空気を動かすように坂口にそう話しかける。まりあが部屋にきたのはついさきほどだと、さりげなく匂わせた上茶谷の言葉に坂口は心をすこし緩めたように微笑んだ。
「ありがとうございます。じゃあ遠慮なくお邪魔します」
部屋にはいってきた坂口が上茶谷の部屋を見回して言った。
「……やっぱり上茶谷さんて隙がないよな。部屋も綺麗だし」
坂口に麦茶のグラスを差し出しながら上茶谷が彼の言葉に眉を軽く寄せて笑う。
「あなた、それってほめてるの? 今引っ越しをする準備をしているから散らかってるでしょ」
「俺の部屋に比べたらめちゃくちゃ綺麗ですからほめているつもりです。……引っ越しをされるんですね」
「仕事も忙しくなりそうだから職場の近くにね」
「青山じゃなくなるんですか?」
「新しく仕事を始めることになってね。事務所が銀座になるの」
そこまで聞いたところで、坂口はなにかを問いかけるような視線を上茶谷に向けた。
「なに? 何か問題でも?」
上茶谷がその視線に気づいて苦笑を浮かべて問いかけると、坂口は首を振ってニヤリと笑った。
「いいえ別に。問題なんてありません」
目の前でそんなふたりのやり取りを見ていたまりあは目を白黒させる。彼らはアパートの前で一回会って、挨拶した程度の間柄だったはずだ。