第28話

文字数 743文字

 上島の言葉に胸のあたりにじんと痛みが走る。それでも全くそんなことを感じさせない声でサラリと答えた。

「どういたしまして。さ、色はどうする?」

「うーん。じゃあ思い切って金髪にしようかな……このあたりの色で」

 気を取り直したように、上島が明るい口調で指さしてきた色サンプルをみて上茶谷も頷く。

「いいんじゃない。社長が金髪だなんて、なんだか儲かりそうじゃない」

「その言い方。相変わらずだなあ大悟は」

 目尻をさげて笑う懐かしい笑顔から、見てはいけないもののように上茶谷はそっと視線を外す。

「じゃあ薬剤つくってきますね。少々お待ちください」

 上茶谷はどの客に対してもするように丁寧に頭を下げてシートから離れた。歩きながらついた吐息が微かに震えていた。手のひらをぎゅっと握りしめる。とにかく今は上島の傍から離れたかった。一呼吸おかないと客に対する”いつもの対応”ができなくなってしまいそうで怖かったからだ。カラーの薬剤が置いてある倉庫のドアを閉めてひとりきりになり、ようやく力が抜けた。倒れ込むように壁によりかかり目を閉じる。

(蒼佑の言葉にまだ、こんなに動揺するなんて……)

 上茶谷の口元から苦い笑みがこぼれる。心を落ち着かせるように大きな吐息をいくつか落とす。
こんな感情から自由になろうと、四年もがいてきたのにこのザマだ。上茶谷は自分を責めそして(わら)う。それでも上島と離れて過ごしたこの四年の月日はけっして短くなかったし己を強くしたはずだ。上茶谷はゆっくりと瞳を開き、薄暗い倉庫のエナメルの床をじっと見つめる。

(大丈夫。もう自分を見失ったりしない。同じ過ちは繰り返さない)

 自分にそう言い聞かせる。表情はクールさを取り戻していた。上茶谷はいつものように背筋を伸ばし、薬剤が置いてある棚へ歩き出した。





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登場人物紹介

【主要キャラ】


・板野まりあ(いたのまりあ)31歳 保険会社勤務の会社員 天然系ですこしぼけているけれど、自炊して節約するしっかりモノ。



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