第１４３話

　つい最近まで心に刺さり続け上茶谷を苦しめていた別れの原因。それをこうして静かな気持ちで聞けるのはまりあのおかげかもしれないとふと思う。上島は注意深く言葉を選ぶように、ゆっくりと話し続ける。

「この人なら女性でも好きになれる。一緒に暮らしたらぶつかることもあるだろうけれど、妥協点を見つけながらやっていける。そう思ってたし、実際生活してみてもほぼそうだったよ。……だけど一点だけ、どうしても折合わなかったことがあったんだ」

「どうしても折り合わないこと？」

　上島はまたコーヒーを飲もうとして口元に紙コップを運んだところで、中身がもう入っていないことに気づき苦笑する。

「うん、そう」

　彼はそう言って頷いたあと数秒間をしてから口を開いた。

「致命的にセックスが合わなかった。いわゆる性の不一致ってやつ？」

　上茶谷が瞳を見開くと上島は困ったように微笑んだ。

「付き合ってから結婚までそれこそスピード婚だったから。あんまり深く考えなかったんだよね。結婚前はバタバタしていて、ほとんどしなかったし、たいしたことではないとも思ってた」

　大きくため息をついて彼は手に持っていた紙コップを軽く潰してテーブルに置いた。

「最初は、お互い気をつかってなんとかやってたんだけど。まあ、あそこまで合わないとどうしようも無いのかな。新婚なのにどんどん

する

間隔が開いていって」

　上島は潰れかけたコップを見つめながら話す。

「……気づいたらコップの中にある水みたいに、妙に静かな生活になってた。波風もたたないような静けさっていうの？　それでいて、表面張力ギリギリに注がれた状態になってる感じ。ある日その水がドバーって零れる様な大喧嘩をした。彼女が泣きながら言ったんだ。私は子供が産みたいけれどあなたとじゃ無理だって」

　その日を思い出したように上島は眉を寄せ、そんな自分に気づいたように、表情を緩めて苦笑に変えた。