第25話
文字数 762文字
上島が突然吐き出したその言葉に上茶谷の動きが止まる。顔をあげて鏡のなかの上島を見つめた。
「……どういうこと? どこかの立派なタワマンに住んでたわよね。奥さんと一緒に」
「半年前から別居してて。お互い弁護士たてて話し合いをしていたんだけど、ようやく話がまとまったんだ」
「つまり離婚するってこと?」
上茶谷の声がほんの少しだけ掠れる。上島はあっさりとうんとだけ呟く。上茶谷はしばらく身動きせずまじまじと上島を見つめたあと、大きなため息をついた。
「……なんでまた?」
「……なんでだろうな」
上島はそういって少し疲れたような笑みを浮かべてみせた。鏡のなかで目があう。この男がみせる笑顔が好きだったことを上茶谷は苦く思い出す。上茶谷と上島はかつて恋人同士だった。どこか神経質で繊細な上茶谷と、子供っぽさとおおらかさがうまくブレンドされた上島は相性がよかった。上茶谷は初めて一緒に居て寛げる恋人に出会ったのだ。上茶谷の恋愛はあまり思い出したくないものが多かった。自身がトランスジェンダーであることを受け入れられなかった時は女たちに執着され、受け入れた後は男たちに執着された。そんななかで上島はようやく得ることができた、心穏やかに過ごせる恋人だった。
けれど彼との別れは唐突に訪れた。切り出してきたのは上島だ。今まさに離婚しようとしている人と結婚するため別れてくれと言われたのだ。投資家の娘との結婚は、当時資金が足りていなかった上島にとって、どうしても断れない縁談なのだ、と途方にくれたように上茶谷に打ち明けてきた夜のことは今でもありありと思い出すことが出来る。上茶谷は黙って聞いていた。そうして暫く続いた沈黙のあと、わかったと一言だけ言って一緒に住んでいた代々木上原のマンションを出た。風が冷たい月の綺麗な夜だったことをよく覚えている。
「……どういうこと? どこかの立派なタワマンに住んでたわよね。奥さんと一緒に」
「半年前から別居してて。お互い弁護士たてて話し合いをしていたんだけど、ようやく話がまとまったんだ」
「つまり離婚するってこと?」
上茶谷の声がほんの少しだけ掠れる。上島はあっさりとうんとだけ呟く。上茶谷はしばらく身動きせずまじまじと上島を見つめたあと、大きなため息をついた。
「……なんでまた?」
「……なんでだろうな」
上島はそういって少し疲れたような笑みを浮かべてみせた。鏡のなかで目があう。この男がみせる笑顔が好きだったことを上茶谷は苦く思い出す。上茶谷と上島はかつて恋人同士だった。どこか神経質で繊細な上茶谷と、子供っぽさとおおらかさがうまくブレンドされた上島は相性がよかった。上茶谷は初めて一緒に居て寛げる恋人に出会ったのだ。上茶谷の恋愛はあまり思い出したくないものが多かった。自身がトランスジェンダーであることを受け入れられなかった時は女たちに執着され、受け入れた後は男たちに執着された。そんななかで上島はようやく得ることができた、心穏やかに過ごせる恋人だった。
けれど彼との別れは唐突に訪れた。切り出してきたのは上島だ。今まさに離婚しようとしている人と結婚するため別れてくれと言われたのだ。投資家の娘との結婚は、当時資金が足りていなかった上島にとって、どうしても断れない縁談なのだ、と途方にくれたように上茶谷に打ち明けてきた夜のことは今でもありありと思い出すことが出来る。上茶谷は黙って聞いていた。そうして暫く続いた沈黙のあと、わかったと一言だけ言って一緒に住んでいた代々木上原のマンションを出た。風が冷たい月の綺麗な夜だったことをよく覚えている。