第12話

文字数 792文字

「ケーキいただくわ。ところであなたの名前は?」

「申し遅れまして。板野まりあと言います。よろしくお願いします」

 ぺこりと頭をさげると、彼はふわっと穏やかな笑みを浮かべた。

「お誕生日おめでとう、まりあ」

 至近距離で綺麗な顔をした彼にそう言われて、さきほどまでのしおれた気持ちが嘘のように消えた。代わりに湧き上がってきたのは、恥ずかしくて、でも嬉しいようなわくわくしたような気持ちだ。名前をいきなり呼び捨てにされるのはまりあは苦手なはずだった。大学生になったばかりの頃、テニスサークルに勧誘され名前を名乗ったら、男の先輩に馴れ馴れしく呼び捨てにされて、笑顔が凍り付いてしまったのを思い出す。けれど目の前のこの人にすぐに呼び捨てされても、不思議なことにちっともイヤじゃなかった。つまり人によるということだ。

「あ、ありがとうございます」

 顔が赤くなってしまいそうで、まりあは慌ててケーキの皿をとりフォークでぐいっと刺して口に入れる。

「おいしい」

「確かにこのケーキ、おいしいわ」

 丁寧にケーキを切り分けて口にいれた彼もうんうんと頷く。

「ですよね! 会社の近くにあるケーキ屋さんなんですけど、ほどよい甘さとデコレーションのかわいさが好きで。形は崩れてしまいましたけど。うん、やっぱりおいしい」

 まりあもにっこり笑う。やはり捨てずに食べられてよかったと心底思うおいしさだった。

(この人のおかげでケーキ食べれたんだよね)

 静かにケーキを食べている横顔を見つめた。そういえば彼の名前をまだ聞いていなかったと慌てて口を開く。

「あ、すいません。お名前知らなくて。聞いてもいいですか?」

 彼はちらりとまりあを見るとサラリと答えた。

上茶谷(かみちゃたに)よ」

「カミ、カミチャタニさん? 個性的なお名前ですねえ。一回聞いたら忘れないかも」

 確かにあんまりいないわよねと彼も苦笑しながらコーヒーを一口飲み、そういえばと顔をあげた。

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登場人物紹介

【主要キャラ】


・板野まりあ(いたのまりあ)31歳 保険会社勤務の会社員 天然系ですこしぼけているけれど、自炊して節約するしっかりモノ。



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